IoT 先行企業の狙いを見極める。|ドイツ政府が取り組む『インダストリー4.0』の狙いと戦略を探る|鍋野 敬一郎


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第2回 ドイツ政府が取り組む『インダストリー4.0』の狙いと戦略を探る

『インダストリー4.0』が目指す“考える工場”とは

 ドイツ政府が製造業のイノベーション政策として主導しているプロジェクト『Industrie 4.0』(インダストリー4.0:第4次産業革命)のコンセプトは、『Smart Factory』(スマートファクトリー:考える工場)です。『インダストリー4.0』は、第4の産業革命に至る取り組みであると説明しています。これは、工場を中心にインターネットを通じてあらゆるモノやサービスが連携することで、新しい価値やビジネスモデルの創出を目指した取り組みです。

 停滞している欧州市場において、唯一好調なのがドイツです。そのドイツ経済をけん引しているのが製造業です。ドイツのGDPの25%、輸出額の60%を製造業が占めています。こうした状況を踏まえて、『インダストリー4.0』は生産拠点としてドイツの競争力を保持する戦略が明確にされています。

 その戦略は2つです。1つ目は、主導的サプライヤーとして工作機械や製造に必要な部品を輸出して世界の工場の製造技術を主導してくことです。2つ目は、市場リーダーとして付加価値が高く競争力のある製品をドイツで生産して、これを継続的に輸出することです。つまり、これまでの「ドイツ流ものづくり」を継承しながら、その強みを更にレベルアップすることを目指しています。

 その目標は、次の3つです。

1.製品と付属するサービスのトータルパッケージを提供して強みを発揮すること。
2.標準化プロセスの要を押さえて世界の製造業をリードすること。
3.機械を多様な用途に使用できるように作り、組み込むソフトウェアや
  アプリケーションが目的に応じた機能やサービスを提供できるようにすること。

 主な研究開発プロジェクトとしては、次のようなものがあります。

プロジェクト名 主な研究内容
CyproS 『スマートファクトリー』に関連したCPSの運用方式・ツールの開発
Kapaflexcy 自律生産システム
Prosense 人工知能システムとインテリジェントセンサーに基づいた生産管理
Autonomik for Industrie 4.0 自律制御システム
It's OWL
(Intelligente Technische
Systeme OstWestfalenLippe)
『スマートファクトリー』のモデル構築・運用実証
※OstWestfalenLippe:デュッセルドルフから北西150キロの
 オストヴェストファーレンリッペ地域

ドイツ産業界の危機感と成長戦略を

 『インダストリー4.0』に取り組む背景にあったのは、強い危機感だと言われています。
 欧州市場は、リーマンショックによる金融危機の後遺症から脱却できておらず、依然厳しい状況が続いています。ドイツは欧州で唯一好調な経済状況を維持していますが、2014年は実質ゼロ成長であると言われ、当面欧州経済が好転する見込みが少ないことから、このままの成長を欧州市場で維持することは難しいと考えています。

 そこで、成長戦略をけん引する市場を中国、アジア新興国、そしてインドと考え、特に中国との貿易振興を強化してきました。しかし、中国・アジア新興国・インドに対しては、日本や米国が強力な競争相手として立ち塞がっています。
 現在は欧州でナンバーワンのドイツですが、世界でナンバーワンとなるためには、官民一体となって立ち向かうことを選びました。さらに勝ち残るためには、独自の強みを更に強化する新しい生産方式を生み出す必要があると考えたのです。

 製造業における従来の生産方式はライン生産やセル生産ですが、『スマートファクトリー』が狙うのは、「ダイナミックセル生産」という生産方式です。
 これは、生産工程の作業管理を行う生産管理システムが、インターネットを使ったネットワークで、生産に関わるあらゆる情報にリアルタイムにアクセスし、最適な生産を行うというものです。顧客の要望に合わせて、製品ごとに異なる仕様、好みのデザインの商品を、欲しいときに欲しい数量だけムダ無く作るというものです。
 この生産方式は、トヨタ自動車が築き上げたTPS(Toyota Production System:トヨタ生産方式)や、これをベースに生み出されたリーン生産方式を発展させた、ドイツ流ものづくりの実現を目指しています。

 ドイツの製造業は、米国のように大企業が主導するピラミッド型の大量生産ではなく、従業員500人以下の中小企業がこれを支える構造になっています。ミッテルシュタンド(Mittelstand)と呼ばれる中小企業が、ドイツ企業全体の99%以上、総生産高の52%、総売上高の39%、雇用の60%を占めています。
 つまり、『インダストリー4.0』は、こうしたドイツ中小企業の技術力と競争力を更に発展させて、世界へ展開することを狙いとしているのです。

※リーン生産方式とは、トヨタ生産方式を研究して編み出された生産方式。米国MITのジェームズ・P・ウォマック、ダニエル・T・ジョーズらによって提唱されました。TPSではボトムアップであった製造工程におけるムダの排除を、トップダウン型で体系化し、製品および製造工程の全体にわたって、トータルコストを系統的に減らそうとする生産方式です。

勝敗を決める鍵は、工程管理、製造装置、ソフトウェア、サービス

 『インダストリー4.0』が目指している『スマートファクトリー』を実現化する鍵は、①工程管理、②製造装置、③エンジニアリング、④ソフトウェアの4点です。

 ①工程管理とは、生産現場である『スマートファクトリー』を最適化するためのプロセスの管理を指しています。「ダイナミックセル生産」を実現するためには、設計から生産に至るまでの一貫した生産工程を工程ごとに標準化し、工程ごとに組み替えができるようにする必要があります。これによって、求められる仕様に合わせて機能やコンポーネントを工程ごとに組み替え、柔軟で高度に統合された自律的な生産管理を実現します。

 ②製造装置とは、『スマートファクトリー』の生産効率を高める工作機械や治具などの最適化です。製造装置は標準化プロセスの要となる要素であり、ドイツ流ものづくりを世界標準とするための仕組みを提供するものです。ドイツで製造され、これを世界中の工場へ輸出するという戦略に沿っています。

 ③エンジニアリングとは、製品と付属するサービスのトータルパッケージの提供ということを意図しています。製品の設計から製造、運用から廃棄に至るライフサイクル全体を網羅するトータルサービスの提供を、エンジニアリングと考えることができます。従来の製造業における競争力は製品を作るところまででしたが、IoTでは製造した後の機能をソフトウェアで追加拡張することが可能です。ここで示す“エンジニアリング”には、前述の工程管理を包括して、生産現場(工場、すなわち『スマートファクトリー』)で同期するという意図があります。
 工程管理には4つのプロセスがあります。受発注プロセス(CRM、ERPなど基幹系システムがコントロール)、製品開発プロセス(PDM、PLM、SCMなどデザイン・ロジスティクス系システムがコントロール)、設備開発プロセス(製造装置およびこれを制御するシステムがコントロール)、技術開発プロセス(CAD/CAM、シミュレーションなど製品仕様やライフサイクルをコントロール)を、生産現場(製造ラインのMES)で各種ソフトウェアを利用して最適化します。
 エンジニアリングのイメージは、以下の図1を御覧ください。

 ④ソフトウェアには、2つの意味があります。1つは全ての情報をネットワーク化して、クラウド上で膨大なデータをコントロールするシステム基盤としての役割です。そして、もう1つは機械(ハードウェア)の機能をソフトウェアによって追加拡張する役割です。IoTにおいて、ソフトウェアは最も重要な要素と言えます。

図1 四方から生産現場を最適化する「Industrie 4.0」

図1 四方から生産現場を最適化する「Industrie 4.0」

 『インダストリー4.0』をシステム側から支えているのが、2002年に発足したドイツ工学アカデミーです。このアカデミーには2人の会長が居て、そのうちの1人は元SAP社CEOのカガーマン博士です。つまり、ドイツ最大のIT企業であるSAP社がこのプロジェクトに全面協力しています(その他IT系では、HP社、IBM社、ドイツテレコム社などが参画)。
 SAP社は、圧倒的なシェアを持つ企業向け基幹システム(ERPシステム)や、ビジネスインテリジェンスシステム(BIシステム)、大容量データをリアルタイム処理するインメモリー・コンピューティング技術やクラウド技術など、ソフトウェア技術をこのプロジェクトへ提供しています。つまり、勝敗を決める鍵の1つであるソフトウェアについては最も優位なポジションに居ると思われます。

 これに対抗しているのは、次の成長戦略の照準をIoTに定めた、世界最大のコングロマリット米国GE(ゼネラル・エレクトリック)社です。ソフトウェア組織を立ち上げて10億ドル以上の投資を行い、『インダストリアル・インターネット』を掲げて自らの事業再編を行うとともに、コンソーシアムを立ち上げてIoTの世界標準を狙っています。その鍵となるのは、独自開発したソフトウェア“Predix”(OSに相当)です。

(公開日:2015年2月25日)

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鍋野 敬一郎 氏

株式会社フロンティアワン 代表取締役
ERP研究推進フォーラム講師

1989年 同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業
1989年 米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。
1998年 ERPベンダー最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて戦略担当マネージャーとしてSAP Business All-in-One(ERP導入テンプレート)立ち上げを行った。
2003年 SAPジャパンを退社し、コンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事。
2005年 独立し株式会社フロンティアワン設立。現在はERP研究推進フォーラムでERP提案の研修講師、ITベンダーのERP/SOA/SaaS事業企画や提案活動の支援、ユーザー企業のシステム導入支援など、おもに業務アプリケーションに関わるビジネスを行っている。
2015年よりインダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI):サポート会員(ビジネス連携委員会委員、パブリシティ委員会委員エバンジェリスト)

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インダストリー4.0の立役者ヘンニヒ・カガーマンはじめ、日本GE、経産省のインタビュー、専門家の論考などにより、21世紀の新産業革命を多角的に読み解く。

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2015年7月31日(金)開催「日本の製造業はインダストリー4.0にどう対処すべきか」スペシャルレポート(SBクリエイティブ株式会社(ソフトバンクグループ)のサイト「ビジネス+IT」へ)

インダストリー4.0から見る日本企業が執るべき戦略~日本的「つながる工場」とは何か。その示唆を探る~ 講演資料ダウンロードはこちら

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第2回:ドイツ政府が取り組む『インダストリー4.0』の狙いと戦略を探る

第3回:米国GE社『インダストリアル・インターネット』の狙いと戦略を探る

第4回:日本の取り組みと日本企業が勝ち残るための選択肢を探る



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