インダストリー4.0が実現をめざすデジタル市場:App Store for Machines|暗黙知を形式知に変換して知識を創造する|川野 俊充


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第2回 暗黙知を形式知に変換して知識を創造する

暗黙知を形式知に変換して知識を創造する

 匠の技能をアプリに搭載するために必要なのは暗黙知の形式知への変換だ。暗黙知である匠の技能は、その技能者自身すら言語化するのが難しく、形式知として継承するのが一般的に容易でないからだ。その時に参考になるのが野中郁次郎先生のSECIモデルである(図1)[12]。これは暗黙知を形式知へと昇華させるサイクルを回すことで組織の知恵を創出する、世界的に有名なナレッジマネジメントの手法だ。ICT利活用の観点を付加するとそれがそのまま前述の「revolution:革新」のめざす姿と符合する。

図1 一橋大学の野中郁次郎先生が提唱するナレッジマネジメント手法「SECI(セキ)モデル」

図1 一橋大学の野中郁次郎先生が提唱するナレッジマネジメント手法「SECI(セキ)モデル」

 SECIモデルそれぞれの象限を整理すると次のようになる。

 Socialization:経験を共有することによって作り込んだ暗黙知を継承すること。
 Externalization:対話や共同思考によって暗黙知を明確な概念に表すこと。
 Combination:形式知を組み合わせてその因果関係を体系化すること。
 Internalization:形式知を内面化することで新たな暗黙知を生み出すリソースを確保すること。

 この四象限をサイクルとして回すことで暗黙知を形式知として練り上げ、継承して新たな知恵や知識を生み出すという手法だ。新しい知恵を生み出すために恐らくどんな企業や組織でも実践されてきた手法をモデル化したものと考えて良い。これを製造業に即して各象限を追ってみよう(図2)。

図2 センサデータとAIを掛け合わせることでSECIサイクルをより高速に回すことができるようになる

図2 センサデータとAIを掛け合わせることでSECIサイクルをより高速に回すことができるようになる

 最も重要なのは現場でのカイゼン活動を通じて個人の技能を高め、それを継承していくことである。これは設計のノウハウであったり、環境に合わせた設備や装置の設定や調整方法などに当たる。プログラムで自動化された生産設備は多いものの、例えば射出成形機の射出条件などは材料の特性や現場の温度や湿度などによって射出圧や材料の温度などを適正に調整する必要がある。「一発目から良品を打てる射出条件の設定」ができるのは正に匠の技だ。
 こうした体系化しにくい技は新人が匠の技能者と長期間に渡って経験を共にすることで継承されてきた。ただ、最近は環境を決定する物理量を精度よくデジタル化するセンサ類の性能が上がり、コストも下がってきたため、これをデータ化する手段が整ってきた。温度や湿度、位置や速度、圧力や応力、歪みや振動など、あらゆる物理量を取得することができる。そうしたデータも単なる一次元ではなく空間での分布や画像などの高い次元で記録することができるのは技術の進歩のおかげだ。
 また、こうしたデータを解析するためにビッグデータとして蓄える必要があるが、これもクラウドサービスなどの登場でバイト単価が限りなく0に漸減しているため、例えば良品検査の画像による全数記録などもできるようになってきた。

イメージ

 さて、匠の技をデータ化したところでこれの因果関係をモデル化して再現可能なアルゴリズムにできなければ、体系化することはできない。切削加工の品質を決定づけるパラメタや変数は数多くあり、複雑に絡み合って独立していないため、単純な統計解析ではその因果関係をあぶり出すことが困難なことも多い。これが「経験に基づく匠の技」と言われる所以だ。ただ、これをもしアルゴリズム化してセキュアにブラックボックス化できればそれをアプリとして再配布することが可能になる。
 例えば、これまで海外工場に匠の技能者を派遣しないと設備の立ち上げが出来なかった企業がそのアプリを社内で活用することで、現地のスタッフのみで立ち上げができるようになれば立ち上げ期間の短縮が可能だ。またこうした暗黙知が既にアプリになっているので、経営者がビジネス拡大に必要であると判断すればこれを「App Store for Machines」で外販するビジネスを立ち上げる選択肢も出てくる。

 こうした「技能のアプリ」を活用することで人材も設備も効率的な運用ができるようになれば、余裕ができた技能者と設備で新たな技能を作り込むことが可能になる。ポイントはこうしたデジタル技術は人の仕事を奪うのではなく、人が技能の向上に必要な余裕を与えてくれると捉えることだ。人が単純作業を繰り返すのではなく、より創造力が求められる付加価値の高い仕事に専念できるようにするためにデジタル技術を活用する考え方である。

[12] SECI model / セキモデル:http://www.itmedia.co.jp/im/articles/0501/19/news128.html

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川野 俊充 氏

ベッコフオートメーション株式会社(日本法人) 代表取締役社長

1998年 東京大学理学部物理学科を卒業後、日本ヒューレットパッカード株式会社を経て2003年カリフォルニア大学バークレー校 ハース経営大学院経営学修士。日本ナショナルインスツルメンツ株式会社の事業部長、慶應義塾大学SFC研究所 上席所員を経て2011年に「EtherCAT」開発元のベッコフオートメーション株式会社(日本法人)代表取締役社長に着任し、ソフトウェアPLC/NC/RCのTwinCATによるPC制御ソリューションの普及に努めている。

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