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平成の世にサムライを探して 

【第100回】楔qusavi 総合プロデューサー 池田加奈 「故郷を離れて初めて知った伝統の素晴らしさ」

日本の伝統文化の素晴らしさは、「伝統的思考」によってのみ伝えられるものではない。楔 qusaviプロジェクトを立ち上げ、他の伝統産業と融合させるなど、まったく新しい発想で有田焼の魅力を発信している池田加奈氏。その歩みをたどる。

子供の頃から触れ合っていた焼きものの匂い

池田加奈(いけだかな)プロフィール
1980年佐賀県伊万里市生まれ。有田町で育つ。
高校卒業後に渡豪し、Diploma of Hospitality Managementの資格を取得する。
帰国後、熊本・黒川温泉、水炊き料亭での勤務を経て、実家である有田焼販売店、松華堂に入社。「楔qusavi」プロジェクトを立ち上げる。

6年間に及ぶ朝鮮半島での戦役、いわゆる文禄・慶長の役に終止符が打たれたのは1598年のことである。秀吉の死後、朝鮮半島からの撤退を命じられて帰国の途についた豊臣軍は、撤退の過程で彼の地の陶工たちを日本に連れ帰ってきた。後に有田焼の始祖と呼ばれるようになる李参平も、そのうちの一人だった。

自然の土を原料とする陶器に対し、磁器は、砕いた陶石を粘土状にして原料とする。優れた陶石を九州各地に探し求めた末に、李参平が辿り着いたのが、現在の有田町の泉山だった。それが有田焼の始まりであり、日本における磁器の歴史の始まりでもあった。今からおよそ400年前のことである──。

焼きもの愛好家にとっては、釈迦に説法と言うべき話だろう。しかし、伊万里市に生まれ、有田町の焼きもの販売店の長女として育った池田加奈氏がこの歴史を詳しく知ったのは、実は最近のことだった。池田氏は振り返る。

「私が子どもの頃、家の周りにはいつも窯で焼きものを焼く匂いが漂っていて、茶碗が触れ合う音がしていました。でも、それは私にとってあまりにも日常的なことだったので、自分が有田焼の産地で暮らしていることなど、まったく意識していませんでした」

和服姿の池田氏とインタビューが行われた東京 目黒の古民家。池田氏の生家、松華堂は、彼女の母方の祖父母が興した有田焼販売店である。池田氏が幼い頃、その店を切り盛りしていたのは彼女の両親だった。順当に行けば、その後を継ぐのは、二人姉妹の長姉である池田氏のはずだった。しかし、家業を継いでほしいと親から告げられたことは一度もなかったと池田氏は言う。

「幼い頃から、自由に好きなことをやりなさいと言われていました。今思えば、商売が忙しすぎて、私にかまっている暇などなかったのでしょうね」

池田氏はそう言って笑う。しかし、その自由奔放な家風が、彼女の自由な発想の源となっている。そして、その発想が後に、有田焼の伝統に新たな一章を加えることになるのである。

東京で再発見した自分のルーツ

池田氏は佐賀の私立高校を卒業した後、日本の大学に進まずに、オーストラリアに4年間留学した。そして帰国後は、熊本の黒川温泉の旅館で仕事を得た。

仕事内容は老舗旅館のフロントだったが、いざ実際にやってみると楽しくて仕方がなかった。しかし、彼女が本当に求めていたのは、海外で学んだ接客のスキルが生かせる仕事場で働くことだった。

2年半の旅館勤めに続いて彼女が選んだのは、博多の水炊き料理店の仕事である。経営拡大のさなかにあったその店は、池田氏の入社後まもなく東京・銀座に新規店舗をオープンした。そして、彼女もそこに招かれることとなった。博多で半年、銀座で半年。さらにその後東京の日本橋に開店した新たな店舗に移り、まもなく店長に抜擢された。

池田氏充実した日々だった。しかし、大都会の繁盛店の店長という仕事は、相当な激務である。客対応、スタッフの教育、店舗改善といった数々の仕事をこなす寧日のない暮らしの中、このままでは身体を壊してしまうかもしれないという危惧が池田氏を見舞い始める。その彼女に導きの手を差し出したのは、母親だった。母は彼女に告げた。「有田を盛り上げるためには、若い人の力が必要だと思う」と。有田に帰ってきてほしい──。それは、母が娘に伝えた初めての要望だった。

「有田という名前を意識したのは、ほとんどその時が初めてでした。それまでは本当に、有田焼の“あ”の字も知らないくらいだったんです」

有田に戻るなら、まずは勉強が必要だと彼女は考えた。多忙を極める仕事の合間に焼きものの本を読み、東京都内で開催されている陶磁器展を次々に観て歩いた。それはまた、自分のルーツを発見する道程でもあった。

「上野の博物館のガラスケースの中に展示されている磁器が、実は自分の家のすぐ近所で焼かれたものなんですよね。自分が育った場所ってこんなにすごいところだったんだと思いました」

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