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平成の世にサムライを探して 

【第104回】画家・アーティスト RIE「『笑顔』にすべての思いを託して」

「笑顔」をテーマに、多くの絵画作品を生み出しているアーティスト、RIE氏。苦労、悲しみ、人間への信頼、そして未来への希望──。笑顔に込めた様々な思いを、RIE氏が語る。

人生を変えた少女の笑顔

RIEプロフィール
1982年大阪府生まれ。
京都嵯峨芸術短期大学陶芸学科卒業後、オーストラリア、バリ島、ボルネオ島などで暮らし、2007年から「笑顔」を描く画家としての活動を始める。
第1回ビューティフルオーシャンアワードグランプリ&荒木賞などの受賞歴を持つ。

丸い顔、優しく閉じられた小さな貝のような瞳、銀杏の葉のような鼻、柔らかな弧を描く口、夕日のような色をした頬──。RIE氏の作品に登場する人々の顔には、一度見たら忘れられない共通する特徴がある。一番の共通点は、笑っていること。彼女が描く人たちはみな、本当に楽しそうに、幸せそうに笑っている。日常の些事に凝り固まった心を笑顔の力で温暖かく解きほぐしてくれる絵。キャンバスから温かな風が吹いてくるような絵。RIE氏が描き続けているのは、そんな絵だ。

笑顔を描くアーティストになる──。RIE氏がそう決意したのは、2007年のことだった。

アートに囲まれた環境で育った。父はガラス工芸作家、母はテキスタイルデザイナーの経験があり、祖父はアマチュアながら油絵に本格的に取り組んでいた。

RIE氏の描く笑顔「父が作った意味の分からない作品が家中に置かれていました。全部ガラスですから、危なくて仕方がないんですよ」

RIE氏はそう言って笑う。しかし、子どもの頃から絵を描くことが好きだった娘がアートの世界に進むことを、父は決して許さなかった。「会社員になれ」が父の口癖だったと彼女は言う。芸術の世界の厳しさを知るからこそのアドバイスだったに違いない。だがそう言われるたびに、RIE氏は、親に認められていないという悲しみを募らせていった。

芸術系短大の陶芸科に進んだのは、“血”の力のようなものだったのだろう。しかし、やはりというべきか、大学を出ても就職先はなかった。

そこから5年近く続く彼女の流浪の時代が始まった。ワーキングホリデーに参加してオーストラリアに行き、帰国後、テレビ番組のレポーターを目指して上京した。しかし、東京で単身生きていくのは楽ではなかった。まずは生活費を得なければならないと考え、不動産会社に就職し、営業担当になった。知り合いもほとんどいない都会での2年半の根を詰めた生活の末、彼女の心身は悲鳴を上げた。「本当にあの頃はどん底でしたね」とRIE氏は振り返る。

RIE作『海の世界は私達を魅了す』 
RIE作『海の世界は私達を魅了す』

窮状をおもんぱかる妹からボルネオ島でのホームステイに誘われ、藁にすがるような思いで参加した。それが自分の人生を変える旅になるとは思いもせず。

滞在したのは、ボルネオ島の貧しい村だった。ドラム缶の風呂に入り、自家発電でテレビを見る生活。電気を起こすのはその家の父親の役目だ。父が頑張った分だけ、電気が使える。そんな生活だった。冷蔵庫がないから、どれだけの炎暑でも冷たい水を飲むことはできない。我慢を強いられる生活に苛立ちを募らせていたRIE氏に、ステイ先の少女は、満面の笑みを湛えながら、片言の英語でこう告げた。

大樹を背にして立つRIE氏 私は将来先生になりたいのだけど、お金がなくて学校に行けないから、先生にはなれないの。でも、こうやって他の国からいろいろな人が来てくれるから、夢がかなわなくたっていいの。みんなと会えることが私の宝物なの──。涙が止まらなかった。そうRIE氏は話す。

「その子の笑顔で、命を吹き込んでもらった。本当にそう感じました。私はその頃、自分は必要とされていない、自分じゃなくてもいいと感じながら暮らしていました。でも、日本という豊かな国で生きている私が、そんなことを感じながら生きているのは、その子に申しわけないと思いました。一生懸命生きなきゃ、何かを本気でやらなきゃと思いました」

でも、自分にやれることはなんだろう。今の私にできることなど、何もないのではないだろうか。そう考えたときに、ふと思いついたのが「絵」だった。子どもの頃から、一人で絵を描いてきた。絵は、紙とペンさえあれば描ける。絵なら、あのボルネオの少女の笑顔を何度だってよみがえらせることができる。絵なら、笑顔の美しさをたくさんの人たちに伝えることができる──。

彼女が、笑顔を描く画家になろうと決意したのは、そのときだった。言葉が分からなくても通じ合える笑顔の素晴らしさを自分の手で表現しよう。そうして、あの少女にもらった笑顔の力を、いろいろな人に分けてあげよう。その強い想いが、自分の生き方を見出しかねていた一人の女性をアーティストとした。

RIE氏決意は固かった。周囲からは猛反対に遭ったが、アルバイトをしながら一人でひたすら絵を描き続けた。作品がようやく評判を集め始めたのは、友人の結婚式のウェルカムボードに絵を描いてからだった。その作品が好評を得て、徐々に口コミで注文が来るようになった。

「あなたの絵には笑顔しかないの? 他の表情は描けないの?」。そんな心ない言葉を投げられたことも一度や二度ではなかった。しかし、笑顔を描くという軸がぶれたことは一度もなかった。

「ある時、個展を見に来たスペイン人に言われたんです。『RIEっていう名前だから笑顔を描くのか?』って。初めは意味が分からなかったのですが、聞けば、スペイン語で『RIE』という言葉は『笑って』という呼びかけの言葉だっていうんです。ただの偶然ですけど、神様に背中を押してもらったように感じました」

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