脳内の視覚情報を画像として取り出す
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1970年奈良県生まれ。 |
※黒字=神谷之康 氏
── 夢の研究は、脳科学ではポピュラーなテーマなのですか。
睡眠の研究はこれまでも行われてきたのですが、夢の内容にまで踏み込んだ研究は、実はほとんどありませんでした。これは、長年にわたって「夢はレム睡眠の時に見る」という説が信じられてきたことと関係しています。「レム(REM)」とは「Rapid Eye Movement」の頭文字を取った言葉で、眼球が動く浅い眠りの状態を意味します。睡眠科学の世界ではこの説がずっと有力であったため、夢の研究はほぼレム睡眠の研究とイコールになっていました。「レム睡眠はどうして起こるか」とか「レムの状態がなくなると睡眠はどうなるのか」といった研究が主体になっていたのです。
── 「夢はレム睡眠の時に見る」という説は、現在では定説ではなくなっているのですか。
はい、そうです。レム睡眠時でもノンレム睡眠時でも夢は見ている、という意見が現在では大勢になっています。
── 夢の解読は脳科学の中でも新しい分野ということですね。どうしてその分野にチャレンジしようと思ったのでしょうか。
![]() 株式会社国際電気通信基礎技術研究所
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もともと私が取り組んでいたのは、視覚に関する研究でした。目を通じてインプットされた視覚情報を脳から映像や画像として取り出すという研究です。夢の解読も、その一環として始めたものです。
夢のイメージは、外部からのインプットではなく、脳の勝手な働きによって生み出されているわけですが、それを私たちが映像や画像として認識しているという点は視覚情報と同じです。ということは、夢も視覚情報と同じように、脳から取り出すことができるのではないか。そう考えたわけです。
── その実験の方法を教えてください。
初めは、視覚情報を取り出すのと同じやり方で実験しようと考えました。それは次のような方法です。
まず被験者に膨大な数の画像を見てもらい、それぞれの画像を見た時の脳活動のパターンをfMRI(機能的磁気共鳴画像装置)で調べます。fMRIとは、脳の血流の変化から脳の動きを捉えることができる装置です。この作業によって、どのような画像を見たときに、脳がどのような動きをするかが明らかになります。このデータをコンピューターのプログラムに学習させることによって、脳活動のパターンから画像を再構成することが可能になるわけです。
例えば、被験者に任意の図形を見てもらい、その時の脳活動をfMRIで測定してプログラムに入れると、被験者が見ていた図形に極めて近い画像がディスプレイ上で再構成されます。人が目で見た情報を再現するこの方法が、夢の映像の再現にも使えるだろうと考えました。
![]() 研究はfMRIを用いて行われている
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夢の再現の実験では、脳波計をつけた被験者にfMRIに入ってもらい、実際に眠ってもらいました。脳波を見て分析を行えば夢を見ているタイミングがほぼ分かるので、そのタイミングの脳活動のデータをfMRIで取得します。そのデータをプログラムに入れれば、視覚情報と同じように夢のイメージが再現されるはずでした。
── 再現はできなかったのですか。
残念ながら失敗しました。原因はいくつか考えられます。可能性があるのは、実験の方法に改善の余地があるということです。これは、技術的な工夫によって解決する問題かもしれません。
もう一つ考えられるのは、そもそも夢のイメージは、画像や映像とは異なる何かであるということです。私たちが勝手に夢を映像と思い込んでいるだけで、夢を見ている時の脳は、映像を処理するのとは違った働きをしている可能性もあるわけです。その場合、夢を画像や映像として再現することは原理的に不可能ということになります。これについては、現段階では何とも言えませんね。
人間の無意識を抽出することは可能か
── それで、実験のやり方を変えたわけですか。
![]() 蓄積されたデータ
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そうです。次にチャレンジしたのは、夢の映像化ではなく、夢の「内容」に着目した実験でした。脳波計をつけた被験者にfMRIに入って眠ってもらうというのは前の実験と同じなのですが、脳波が夢を見ていることを示したら、そこで被験者を起こし、何の映像を見ていたかを説明してもらうのです。それを一人の被験者で計200回ほど繰り返して、データを蓄積しました。
次に、その内容を分類しました。被験者の説明に出てくる夢の要素は多岐にわたるのですが、そのうちの名詞、つまり「もの」に関する情報を計20のカテゴリーに分けたわけです。例えば、「家」や「ホテル」だったら「建物」、「バス」や「トラック」だったら「車」、女性であればどんな人でも「女」、男性であればどんな人でも「男」に分類しました。
その後、被験者が起きている状態で、その20のカテゴリーのそれぞれに含まれる画像を見てもらい、対応する脳活動のデータを取りました。これによって、実際に画像を見た時の脳活動のデータと、夢の中でそのイメージを見た時の脳活動のデータがそろうことになります。
それらを対応させて、例えば被験者が「車を見た」と言った時の脳の活動パターンと、実際に車の画像を見ていた時の脳の活動パターンが共通していれば、脳の活動から夢の内容が特定できるのではないかと考えました。