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平成の世にサムライを探して 

【平成の世にサムライを探して】第128回 漆芸家 室瀬和美「太古から伝わる素材と技法が生み出す美」

漆工芸の歴史は縄文時代までさかのぼるといわれている。奈良時代以降に蒔絵などの技術がそこに加わることで、世界に類のない強靭にして繊細な工芸品が生み出されることとなった。漆という素材の魅力や蒔絵の技法、ものづくりに込める思いを、重要無形文化財保持者の室瀬和美氏に聞く。

あらゆる黒の中で最も深く最も澄んだ黒

室瀬和美(むろせ かずみ)プロフィール

1950年東京生まれ。
76年、東京芸術大学大学院美術研究科漆芸専攻修了。75年に日本伝統工芸展に初入選。以後入選回数は30回を超える。
91年、目白漆芸文化財研究所を開設。2008年に蒔絵の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。同年紫綬褒章を受章。
著書に『漆の文化』(角川選書)、『Makie-Urushi 室瀬和美作品集』(新潮社図書編集室)がある。

「漆黒の髪」といい、「漆黒の闇」という。その髪の色がどれだけ濃く、その闇の暗さがどれだけ深いかを私たちが感じ取ることができるのは、漆の黒の色を知っているからに他ならない。

漆の黒は、あらゆる黒の中で最も深く、また最も澄んだ黒であるといわれる。
「一般的な黒の塗料は顔料を溶かし込んで作った黒色なので不透明ですが、漆の黒は天然の漆と鉄の化学反応によって生み出されるものです。そのため、非常に濃い色であるにもかかわらず、光を通す性質を持っています。従って、漆の黒は、器の表面に塗られた漆の層を通りその奥に反射する光によって私たちの目に届く色なのです」
漆芸家、室瀬和美氏はそう説明する。

室瀬和美氏
室瀬和美氏

鉄との反応によって真正の黒の色を獲得する漆はまた、他の鉱物と混じり合うことで色のバリエーションを広げる。辰砂(しんしゃ)を加えれば赤に、弁柄を加えれば茶に、石黄を加えれば黄となり、さらに黄に藍を加えることで緑となる。この黒赤茶黄緑が古くから漆工芸に使われる漆の基本的な5色だが、一般に漆器の色としてなじみ深いのは黒赤茶の3色だろう。谷崎潤一郎は名高い随筆「陰翳礼賛(いんえいらいさん)」において、漆に特徴的なそれらの色を「幾重もの『闇』が堆積した色」と表現してみせた。それは古の日本人の生活を囲繞(いじょう)していた闇の中から必然的に生まれ出た色なのだ、と。

その「闇」を金の「輝き」で鮮やかに彩るのが蒔絵である。金粉の細かな粒子によって漆器の表面に草花や幾何学模様があしらわれた時、それは世界に類を見ない美しい工芸品となった。その精緻な工芸品が欧州に紹介されたのは、安土桃山時代のキリスト教の宣教師たちにはじまり、江戸時代、長崎の出島に出入りしていたオランダ東インド会社を通じてである。欧州人の誰も見たことのなかった深い黒色と繊細な装飾。しっとりとしていながら、べたつきのない質感──。欧州の人々は驚きをもって、その工芸品を「japan」と呼んだ。

9000年前からの伝統を活かした工芸

蒔絵の工程は、漆塗りと蒔絵とに大きく分けられる。主にヒノキなどを素材として作った木地の上に、何度も下地を重ね、砥石で表面を研ぎ、さらに漆を重ねていく。これが漆塗りの工程だ。この塗りと研ぎの作業を都合20回以上繰り返すことで、「沼のような深さと厚みとを持ったつや」(「陰影礼賛」)が生まれる。木地の作成から下塗りが終わるまでに、実に1年を要するという。

実に1年を要するという漆塗りの工程
実に1年を要するという漆塗りの工程

下地に使われるのは天然の生漆(きうるし)で、この漆は自然界の温度と湿度により自力で固まる性質を持つ。一方、蒔絵の工程で使われる精製した漆は、撹拌して水分をある程度まで抜いてあるために、周囲の空気中の水分を吸ってゆっくり固まる。これは、私たちの日常の感覚からすれば、明らかに奇妙な性質といっていい。

「例えば、洗濯物は水分が蒸発することによって乾きますよね。それに対して漆は、逆に湿気に反応して固まります。だから精製した漆を塗った後は、私たちが“風呂”と呼ぶ湿度の高い空間でしばらく置いて、漆を十分に硬化させる必要があるんです」

縄文時代の日本人は、すでにこのような漆の性質を知って活用していたとみられている。9000年前の縄文遺跡から、漆を使った副葬物が発見されているからだ。一方、蒔絵の技術の源流ともいえる漆工品は、東大寺正倉院に残る「金銀鈿荘唐大刀(きんぎんでんそうのからたち)」である。これは1300年近く前に作られたものだ。

「漆で描いた上に金粉を蒔き、その上にさらに漆を塗って研いで仕上げるという現代まで続く手法が、この太刀の一部に用いられています。しかし、現段階では太刀自体の出自は分かりません。日本で作られたものなのか、それとも大陸からもたらされたものなのか」

確かなのは、この手法がその後の日本で独自に発展し、「研出蒔絵」という代表的技巧として定着したということだ。

固まる前の漆の上に金粉を蒔く
固まる前の漆の上に金粉を蒔く

漆塗りが完成した器や箱に下絵を描く。次に、デザインに合わせて漆で描き、固まる前の漆の上に金粉、銀粉、色乾漆粉などを蒔き、螺鈿(らでん)を載せ、色と模様とを施していく。そうして完成したかに見える絵の上に再び漆を塗り、すべてをいったん塗りこめてしまうところに研出蒔絵の特徴がある。漆が固まった後に、研炭(とぎずみ)と呼ばれる木炭で表面を研ぎ、隠れていた文様を浮かび上がらせる。塗り込めた漆を研ぎ、蒔絵を表に出していく。故に「研ぎ出し」である。様々な色と素材からなる装飾が器や箱を彩りながら、その表面はあくまで均一で、手触りはあくまでなめらかである。伝統の技術が生み出すマジックといっていいだろう。

漆の塗り方、蒔絵などは伝統的な技法で進められるが、デザインに関しては一切の約束事がないのが創作の世界だ。作家の自由な発想から生まれたデザインが、結果的にその作家が生きた時代を表し、後代にその時代の意匠を伝える。それが伝統漆芸の歴史であると室瀬氏は言う。

「桃山時代に作られた蒔絵を見て、それが他ならぬ桃山の意匠であると分かるのは、当時の漆芸家が前の時代と同じデザイン表現をしていないからです。時代が変わればデザインも変わる。その繰り返しが日本の漆芸の伝統を作ってきたのです」

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