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平成の世にサムライを探して 

【平成の世にサムライを探して】第133回 江戸すだれ職人 田中耕太朗「日本の風土が求めた繊細な生活の道具」

万葉の時代から作られ続けてきたすだれが庶民の間に広まったのは、江戸時代以降だといわれる。その頃からの伝統を守って作られる「江戸すだれ」の職人、田中耕太朗氏に、すだれ作りの技法とものづくりの本質について聞いた。
田中耕太朗(たなか・こうたろう)プロフィール

1963年東京都生まれ。
明治から続く江戸すだれの老舗、田中製簾所の5代目。
竹、葦(よし)、蒲(がま)、御形(ごぎょう)、萩などの天然素材を用いて、伝統的な技法で丁寧なすだれ作りを続ける。
江戸すだれの東京都伝統工芸士に父の義弘氏とともに認定されている。

室内に外の空気を導き入れ、外からの視界を遮り、夏の暑い日差しを防ぎ、ちゃぶ台に敷いては涼をもたらす──。高温多湿な日本という風土にあって、すだれは古くから生活になくてはならない道具だった。

中国から伝わったといわれるすだれは、奈良・平安時代の宮廷で広く使われていたことが絵巻などから分かる。『枕草子』の「香炉峯の雪」として有名な段には、外に降り積もる雪をすだれを上げて眺めるこんな場面が描かれている。

「雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参りて、炭櫃に火おこして、物語などして集まり候ふに、『少納言よ、香炉峯の雪、いかならむ』と、仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ」

田中耕太朗氏
田中耕太朗氏

 雪が高く積もる中で、『枕草子』の作者である清少納言ら女房たちは、格子を下ろし、火を囲んで語り合っている。そこに少納言が仕えていた中宮が来て、漢詩に出てくる有名な香炉峯になぞらえて外の景色を見たがったので、すだれを上げてさしあげたところ、にっこりと笑われた──。そんな美しいシーンだ。

一方、農作物の霜よけや農作業場の日よけなど、いわば日用品としてすだれが用いられてきた歴史もあったとみられる。

幕府が江戸に移ると、それらのすだれの技術が江戸に集まり、職業としてのすだれ作りが各地で盛んになっていった。現在の東京・台東区もそんな場所の一つだった。すだれ職人の町として知られた台東も、しかし現在は残念ながら、すだれを作る人の数は少なくなっている。その数少ない一人が、田中耕太朗氏だ。明治時代創業の田中製簾所の5代目。現在、江戸すだれの東京都伝統工芸士に認定されているのは、彼と4代目である父・義弘氏の2人のみである。

江戸すだれの製造工程自体は、非常にシンプルである。材料は竹を中心に、葦(よし)、蒲(がま)、御形(ごぎょう)、萩など。それらを様々な太さの綿ひもで編み、最後に両端を大ばさみで切りそろえ、上下に桟(さん)などを付ける。それがほぼ全てだ。工数からすればごく少ないその作業の中に、長年の経験で磨かれた職人の技と情熱とこだわりが凝集する。

竹は風通しの良い場所で育ったものがいい。その中でも質の良いものを3年から5年をかけて十分に乾燥させ、用途に応じて適切な太さに割っていく。竹を割るのもすだれ職人の仕事だ。糸のように細いひご状の竹から、幅と厚みを持った竹まで。耕太朗氏の仕事場には様々な素材が並ぶ。

すだれを編むために欠かせない「投げ玉」。かつては樫(かし)を加工して投げ玉を作る職人がいた
すだれを編むために欠かせない「投げ玉」。かつては樫(かし)を加工して投げ玉を作る職人がいた

素材を編む際に特徴的なのは、ひもをゆわえた「投げ玉」と呼ばれる木片を編み台の前後に交互に投げていく作業だ。この投げ玉の重さとそれを投げる際の勢いによってひもがきゅっと締まり、竹と竹、葦と葦を固く結び合わせる。作業中は、投げ玉が編み台にカチカチと当たる小気味よい音が仕事場を満たす。

大学の学部を卒業後、研究者として大学に残り、4年ほど数学の研究をしていた耕太朗氏が本格的にすだれ作りの道に入ったのは20代半ばのことだった。彼は当時をこう振り返る。

「自分がすだれ屋を継がなければならないという頭はあったけれど、小さい時から父親が毎日すだれをひたすら作り続けているところを見ていたから、あんな生活は嫌だって正直思っていたね。でも、人と同じことはやりたくなかったから、すだれ作りをやることにした。他の人がやっていないことって何だって考えたら、結局すだれを作るってことだろうって」

通常、一人前のすだれ職人になるには最低でも8年から10年はかかるといわれる。しかし、子どもの頃から父の仕事を手伝っていた耕太朗氏が技術を身につけるのは迅速だった。仕事の時間が終わってからも一人技術の習得に打ち込み、数年ですだれ作りの全工程をこなせるまでになっていった。それから25年あまり。現在も父と2人、「すだれをひたすら作る生活」を誇りを持って続けている。

使う人あってこその道具

海苔巻き用のすだれ。傷んだ紐をつけ替えれば、10年以上使い続けることができる
海苔巻き用のすだれ。傷んだ紐をつけ替えれば、10年以上使い続けることができる

耕太朗氏によれば、すだれの種類は大きく4つに分けることができる。遮光や目隠しのために家の外にかける「外掛けすだれ」、家の中に掛けて室内を緩やかに隠しながら外気を入れる「内掛けすだれ」、建具の一部に組み込んだ「応用すだれ」、海苔巻き、伊達巻き、ざるそば、ランチョンマットなどに利用する「小物すだれ」である。

「もともとそういう種類に分けて作られてきたわけではなくて、今あるものを分類すればそうなるということだけどね」

そのすべての種類のすだれを作ることはもちろん、100年以上前に作られた高級すだれの修復も、毎年正月のおせち料理作りで使われる小さなすだれの修理も、同等のクオリティでこなす。

「すだれ職人と言っておきながら、すだれの格好をしたものでできないものがあったら恥ずかしいじゃない。できないとは絶対に言いたくないね」

注文を受けて作るのが基本だが、時に自らのアイデアですだれを作って世に問うこともある。しかし、「自分勝手なチャレンジは絶対に駄目」と耕太朗氏は言う。

「ものづくりは需要があって成り立つ仕事だから、一方的に“こんなものを作ったから使ってみて”というのはあり得ない。自分から作るにしても、“どんなものが必要とされているんだろう”ということを見たり、聞いたり、試したりしながら常に考えなきゃ駄目なんだよね。使う人があっての道具なんだからさ」

耕太郎氏がデザインした矢羽根文様のすだれ。伝統的な和の雰囲気と、現代的な洗練された感覚を併せ持つ
耕太郎氏がデザインした矢羽根文様のすだれ。伝統的な和の雰囲気と、現代的な洗練された感覚を併せ持つ

伝統と新しさのバランスもまた、使い手の目線から捉えられなければならない。長い間積み重ねられてきた技術の粋をしっかりと守りながらも、現代の世に求められる要素を少しずつ加えていく。ちょっとした装飾のあしらいや、部分的に布などの素材を編み込んだ細かな工夫の中にその要素が表現されることになる。

「だから、時代がいけばいくほど、できなくちゃならないことは増えていくんだよね。先代ができたことはできなければならないし、自分で新しく見つけた技術も磨いていかなくちゃならない。もちろん、変えちゃいけないところは変えないよ。変わらないところもあり、変化を受け入れる奥行きもある。同じように見えて、少しずつ変わっている。それが日本の工芸品の良さなんじゃないかな」

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