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【平成の世にサムライを探して】第140回 日本舞踊家 藤間蘭翔「はるか遠い芸の道を歩み続ける」

人間の身体の美しさを突き詰めることで、世界に類のない優美で奥深い芸として確立した日本舞踊。幼い日から踊りを始め、現在は江戸時代から続く藤間流の師範として舞踊の伝統を守る藤間蘭翔氏が、踊りの魅力と難しさ、そして、伝統の芸の道に生きる困難と喜びについて語った。
藤間蘭翔(ふじま・らんしょう)プロフィール

1984年生まれ。札幌出身。
4歳の時、藤間流に入門。
9歳より江戸時代から続く藤間家の後継者である藤間蘭景氏、蘭黄氏に師事する。
2002年、「藤間蘭翔」の名を取る。
07年、東京藝術大学邦楽科日本舞踊卒業。
10年、藤間流師範資格取得。

※黒字= 藤間蘭翔氏

強くありなさい、しかし、たおやかでありなさい──。師であり、2015年に亡くなった藤間蘭景氏から告げられたその言葉を、彼女は深く胸に刻んでいる。困難に簡単には屈しない強靭さを持ち、一方で、しなやかで柔らかな心を持って周囲の人たちと接すること。日常生活におけるその心がけが、必ずや踊りにも反映される。師の言葉をそんなふうに解釈していると、藤間蘭翔氏は話す。

藤間蘭翔氏の画像

「強さとたおやかさというのは、別々のことではないと思うんです。強さがなければ、たおやかではあれない。それは心も体も同じだと思います」

強くあるためにはまた、「芯」がなければならない。それは、我を強くすることとは異なる。師匠が踊る「型」の一つひとつを微細に、正確に自らの体に写し取ること。そして、古典舞踊に真剣に取り組むこと。芯とはそんな取り組みの結果、おのずと生まれてくるものなのだと彼女は言う。

心の支えは師匠の踊り まねることで体をつくる

舞踊はしばしば、人類が生み出した最も古い芸術の一つであるといわれる。人が言語を習得する以前に、コミュニケーションの一手段として誕生したのが舞踊である。そんなふうに言う人もいる。

日本では、記紀神話の有名な「天の岩戸」の逸話が、舞踊の起源を鮮やかに示している。天の岩戸にこもってしまった太陽神・アマテラスを外界に呼び寄せるために、女神・アメノウズメは伏せた桶の上で激しく踊ってみせる。その乱舞のさまを見た八百万の神々の笑い声が岩戸の中まで響き、アマテラスが姿を現す。そうして、再び世界に光がもたらされる。そんな神話だ。

藤間蘭翔氏の画像

初期には神事の一部であった舞踊は、その後、能、続いて、そこから発展した歌舞伎に取り入れられ、江戸期の文化文政年間に現在のような独立した日本舞踊となった。現代において古典舞踊と呼ばれるものの多くは、もともと歌舞伎の中で踊られていたものである。

藤間流舞踊の始祖である藤間勘兵衛は、狂言師の出であったと伝わる。踊りの師匠となったのは江戸期の1700年頃。それから300年以上続く伝統ある流派に、蘭翔氏は身を置く。

踊りを始めたのは、札幌に住んでいた4歳の時だ。父も母も特に日本舞踊と縁があったわけではなかった。

「親はクラシックバレエを習わせたかったようなのですが、私の体形があまりバレエ向きじゃないということで、日本舞踊にしたと聞いています」

幼い身で懸命に稽古に打ち込んだが、8歳の時にある事情で一度踊りをやめることになった。続けたいと強く主張したのは彼女自身だった。

「しっかりお稽古をして、舞台で上手に踊れれば褒めてもらえる。それが楽しかったのだと思います」

知り合いのつてをたどって、東京の藤間蘭景氏を紹介されたのは9歳の時。月に一度、飛行機で札幌から東京に通い、蘭景氏の稽古を受けるようになって、再び日本舞踊に打ち込む日々が始まった。

師から芸名を付けてもらういわゆる名取が行われたのは、高校3年、18歳になってからだ。師匠の「蘭」の字をもらい、高く飛翔するようにとの願いを込めて「翔」の字を加えた。舞踊家・藤間蘭翔の誕生だった。

藤間蘭翔氏の画像

蘭景氏と蘭黄氏。母と息子の関係でもあるこの2人との出会いがなければ、恐らく踊りを続けてはいなかったと思う。そう蘭翔氏は静かに語る。

「壁にぶつかったことは何度もあったし、悲しいこと、つらいことも数えきれないくらいありました。何百回も踊りをやめようと思ったのに続けられたのは、蘭景先生と蘭黄先生がいらっしゃったからです。先生方の踊りを見ると、“私もこんなふうに踊れるようになりたい”といつも思います。それが心の支えになってきました」

日本舞踊の世界には、楽譜もテキストもない。また、バレエのような基礎的なフィジカルトレーニングがあるわけでもない。師匠の踊りの型をまねることと、様々な曲(演目)の様々な役柄を踊り演じること。それがトレーニングのすべてだ。そうして身についた型と、舞台の上で求められる動きが、舞踊家の身体をつくり上げることになる。日本舞踊の伝統は数百年の間そうして継承されてきた。その確かな伝統の中で蘭翔氏は今日も踊り続ける。

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