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【平成の世にサムライを探して】第142回 和菓子職人 水上力「五感で味わう「世界最高の菓子」を作る情熱」

世界の一流パティシエにも多くのファンを持つ和菓子の名店「一幸庵」の店主・水上力氏。この10年ほどの間、「世界」を常に意識しながら菓子作りをしてきたという。日本の菓子作りの伝統を守り、花鳥風月を愛でながら「今」と対峙する職人の心意気に迫る。
水上力(みずかみ・ちから)プロフィール

1948年、東京生まれ。
大学卒業後、5年間の修業を経て、1977年に東京・文京区に「一幸庵」を創業。
「エコール・ヴァローナ東京」や「ジャン・シャルル・ロシュー」をはじめ、様々な大手メーカーやショコラティエとコラボレーションをするなど、国境を越えて和菓子の魅力を伝えている。
2016年、自身が作った和菓子について日英仏の3カ国語で解説した作品集『IKKOAN』を出版した。

丸芋(つくね芋)と白餡(あん)を原料とする「練り切り」に、ベニバナ、ベニコウジ、クチナシなどから作った色素を混ぜ合わせる。ほのかな桜色となった練り切りを伸ばし、餡を包む。小さな木べらで形を整え、筋を入れて、桜の花びらを作る。その間ほんの数分。同様の鮮やかな手さばきで、桜やスミレ、菜の花をイメージした色鮮やかな菓子を次々に作っていく。そのすべてが工芸品のように美しい。

水上力氏の画像

少ない素材で、頭の中にある季節の風物のイメージを再現する。まるで手先が自分の意思を持っているかのように一切の無駄な動きなしに形と彩りを生み出していくのは、頭と手が長年の修練で真っすぐに結びついているからだろう。

これが日本の一流の菓子職人の技だ。技が生み出すのは、もちろん形や色ばかりではない。食べるのを惜しみながら口に運べば、菓子は甘く柔らかく口中に溶け、お茶を飲んだのちに、その甘さは霞(かすみ)のようにすっと消えていく。

和菓子は「侍」。「殿」であるお茶に仕えるのが仕事 の画像
和菓子は「侍」。「殿」であるお茶に仕えるのが仕事

「和菓子は侍。殿はあくまでお茶です。侍が自分を主張してはいけません。殿を輝かせることが侍の仕事です。食べた後においしいお茶が飲みたくなり、飲んだ瞬間にお菓子はその存在を消す。江戸時代の書物『葉隠(はがくれ)』にある“武士道と云(い)ふは死ぬ事と見つけたり”と同じ。それが和菓子です」

単に美しいだけでも、おいしいだけでもない。確かな「哲学」があること。それが、日本が世界に誇る菓子である──。和菓子の名店「一幸庵」を1代で育てた水上力氏はそう話す。

和菓子に必要なのは「色気」

和菓子屋の四男坊として東京に生まれた。和菓子に囲まれて育ったが、和菓子職人になろうと思ったのは、大学4年生の頃だ。公認会計士をめざしていた水上氏の進路を変えたのは、1970年に起きたある事件だった。

「当時は学生運動が激しい時期で、私もそちらの方向にやや熱を上げていました。しかし、70年に自衛隊の市ケ谷駐屯地で三島由紀夫が自決したのにショックを受けましてね。彼は“日本の伝統を守れ”と言っていたでしょう。私はそれまで伝統には背を向けて生きていたのですが、改めてそれについて考えなければならないと思いました。私にとっての伝統といえば、すなわち和菓子です。父親に“和菓子の修業先を紹介してくれ”と頼みました」

上の3人の兄は、すでに和菓子の道に進んでいた。父親は「おまえまで和菓子屋になる必要はない」と最初は渋ったが、水上氏の熱情に負けて京都の職人仲間を紹介してくれたという。兄弟の中で今も和菓子の世界で生きているのは、最後にこの世界に入った水上氏だけだ。

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京都で2年、名古屋で2年、再び京都に戻って1年。都合5年間の修業を終えて東京に帰ってきた時には28歳になっていた。まもなく自分の店を出したが、父親の跡を継いだのではなく分家であったことが、むしろ功を奏したという。父に気を使うことなく、自分の好きな菓子作りができたからだ。

もっとも、和菓子が「分かる」ようになるまでに、独立してから約10年の月日を要したと水上氏は言う。

「羽二重餅という菓子がありますよね。名古屋での修業中、これを作る時に毎日違うことを旦那に言われるんです。一昨日は“もっとよく火を入れろ”、昨日は“卵白をもっとよくたてろ”、今日は“もっとちゃんと練れ”。どれだけ気をつけても注意されるし、どこが間違っているかも分からない。しかし、自分で店を出して10年くらいたったある日、突然“そうか、旦那はこれが言いたかったのか”と気づきました」

分かったことをひと言で言えば「色気」だと水上氏は話す。

「自分で練っている菓子に、言ってみれば、異性に感じるような色気を感じたわけです。分野の異なる職人仲間たちにこの話をすると、みんな納得してくれます。“色気のないものは駄目”とみんな言います。ある野菜農家と話した時も“当たり前だよ、色気のない野菜なんか売れないよ”と言っていました」

菓子作りに最も大切なのは色気である──。それに自ら気づくことができてよかった、と彼は言う。師匠は、10年かけて自分で気づけるように、教えてくれていたのだ、と。

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それ以降、顧客からの評価は明らかに高まっていった。最初の10年はお客様に育てていただいた。これからは、お客様のために働こう。そう思った。

開店からもうすぐ40年になる。開店以来通っているお客様や、2代、3代と通い続けてくれている人たちもいる。

「テレビ番組なんかにたまに取り上げられるでしょう。そうすると叱られるんですよ。あんたの店は、そういうところに出る必要はないんだって。私たちがいるんだからって。“自分たちの店”という気持ちを持ってくださっているんです」

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