第五十一回 鈴木邦宏 -前偏- ジョージ・ルーカス、宮崎駿が認めた“マニア魂”愛してやまない思いが「唯一無二の価値」を創る|システム構築やトータルソリューションをお探しなら、日...

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鈴木邦宏 -前偏- ジョージ・ルーカス、宮崎駿が認めた“マニア魂”愛してやまない思いが「唯一無二の価値」を創る

プラモデルメーカー「ファインモールド」の徹底的な資料主義と、精緻な再現力から創り出される航空機や戦車。そのクオリティの高さは、ルーカスフィルム、スタジオジブリ、プロダクションI.G.といった世界最高峰のクリエイター集団をうならせ、困難といわれたライセンス契約を結んで業界をあっと驚かせた。総勢7名による同社を牽引するのは、世界的な模型職人として名を馳せる鈴木邦宏氏。家業には向いていないといわれ、職を転々とするなどの紆余曲折を経て、6畳間から起業し、世界で無二の存在といわれるまでに至った「ものづくり」にかける思いを伺う。

自分が“欲しい”と思うものを
思うままに創りたい

鈴木邦宏(すずきくにひろ)プロフィール
1958年、愛知県豊橋市生まれ。地元の工業高校を卒業後、家業の建具屋で見習いとなる。その後、建築設計事務所・コンクリート会社を経て、1987年、ファインモールドの前身となる「無限モデル」を設立。翌年からは「ファインモールド」として戦車や戦闘機を中心にオリジナルプラモデルの製作を開始し、映画『紅の豚』や『スター・ウォーズ』に登場する戦闘機のプラモデル製作により、一躍有名となる。鈴木氏が代表を努める有限会社ファインモールドは、愛知県より『愛知ブランド企業』に認定(2004年)、中小企業庁からは『元気なモノ作り中小企業300社』に選定されている(2007年)。

豊橋市の郊外、ビニールハウスや畑が連なるのんびりとした風景の中にたたずむ、小さな町工場。それが、日本はもとより世界中のプラモデルファンから注目される模型メーカー「有限会社 ファインモールド」である。

一歩入ると、雑然とした仕事場に、さまざまな機器や部品が並ぶ。そして、映画『スター・ウォーズ』に登場するハン・ソロの愛機「ミレニアム・ファルコン」や反乱同盟軍機「Xウィング」など、多くのファンを獲得した人気プラモデルがショーケースに大切に飾られている。なぜなら、それは成功を象徴する作品だからだ。

当時、世界で唯一、ルーカスフィルムからプラモデルの製造・販売を許可されたメーカーとして名を馳せ、ドイツで「モデル・デス・ヤーレス(年間傑作模型賞)※1」を受けた。これを機に、ファインモールドは一気に世界に知られる存在となったのだ。

また日本でも、スター・ウォーズの作品発表より2年前の98年に、宮崎駿氏率いるスタジオジブリのアニメーション映画『紅の豚』で主人公が乗る赤い飛行艇「サボイアS.21」を発表し、一躍脚光を浴びた。当時、既に軍用機や戦闘車両などの精巧なプラモデルメーカーとして、業界では一目置かれる存在であったものの、大手メーカーに比べれば無名に等しい存在。

サボイアS.21模型に限らず多くの企業が、人気の高い宮崎駿作品の商品化権を得ようと足しげく通い、門前払いを受けていた中、初めての訪問で許諾を得て、業界を驚かせた。これは、“快挙”ともいえる出来事だ。

そうした数々の賞賛と華々しい脚光を浴びて、商品の精巧さが評価され、日本随一の模型メーカーとして認知されたとなれば、ついつい規模の拡大を目指し、アウトソーシングなどの効率化に走りがちなもの。しかし、当時からメンバーはほとんど変わらず、いまだにわずか7名。金型づくりをはじめとする作業のほとんどが内製、という徹底ぶりだ。

「自分たちがやりたいことは何なのか。金儲けなのか、満足のいく模型をつくることなのか。そう考えれば、答えは明らかですよね。僕たちは単純なんですよ。自分たちが欲しいものをつくりたい。かっこいい模型をつくりたい。それがお客様に受け入れられるかどうかの問題で、お金をたくさん積めば、やりたいことが実現できるというものじゃない。そう、どんなに儲けたって、自分たちがやりたいことができなきゃ意味がないわけですから。お金をコレクションしても仕方ないでしょう(笑)」

ファインモールド代表取締役である鈴木邦宏さんは、そう早口で笑い飛ばし、さらにこう続けた。

「お金はあくまでツールにすぎない、それを目的にしてしまったら、人生面白くなくなっちゃうよね。僕たちは既存のメーカーに不満を感じて、旗揚げしたようなもの。お金を優先して、満足のいかないものを大量生産するんじゃ独立した意味がない。プライオリティは、『満足のいくものをつくる』が一番、その上で食べていくためのお金とどう折り合いをつけていくかを考えたわけです。創りたいものがある。でも、大手メーカーでは採算が合わない。小さい企業なら何とか採算を合わせられる。じゃ、やろうってね」

そう、鈴木さんは日本随一の模型職人であるが、おそらく同時に日本随一の“模型マニア”なのだ。その自分を満足させるようなものを創りたい。その思いが、会社設立への原動力となった。

もともと実家が建具屋を営んでいたため、ものづくりの現場を見ながら成長したという。しかし、家業には興味を示さず、中学生になるころから戦闘機や軍艦などの兵器に関心を持ち、高校時代には仲間を集めて模型の同好会を結成して、戦闘機や軍艦などの作品を文化祭などで発表するようになっていく。

その活動が新聞などのメディアに紹介されるなどして、部に昇格。後に、マニアの間で伝説となったサークル『無限軌道の会』の原型だ。それでも当時は、家業を継ぐことが自分の人生だと漠然と思っていたという。

「当然、家業を継いだんですが、どこか甘えていたんでしょう。まるで星一徹みたいな、口より手が出る職人気質の親父だったんですが、その親父に突然クビを言い渡されたんです。今考えれば、実の息子をちゃんと見切ってクビにできるって、すごいなと思うんですが、当時は参りましてね。それで、高校の先生の紹介で建築事務所に就職したんですが、図面を引きながら『これが模型だったらなあ』とか、ぼんやり考えちゃうんですよ(笑)」

どうも建築士としても腹が据わらない。そこで資金を貯めて「模型屋」を開こうと考え、コンクリート会社に勤めたいと父親に相談するが、大反対を受ける。

「職人肌の親父には、作業するだけの職工になってほしくないという気持ちがあったんでしょうね。『どうしても、コンクリート職人になるのなら出て行け』と言われまして、それで家を出て就職したんですが、そこでもまた仕事に身が入らなくて…」

そんな鈴木さんに、運命的な転機が訪れる。ばったり再会した模型部時代の友人が、模型メーカーに務めていて、その模型メーカーの協力会社である金型屋が、職人を募集しているという情報を得たのだ。

鈴木氏「当時の模型メーカーは、すべての金型が外注だったんです。その外注先で、親方と弟子の3人でこぢんまりとやっている会社に、まさに滑り込みという感じで入社させてもらいました。22歳で全くの未経験。機械を触ったこともなく、かなり心配されました。その時は、大好きな模型に関われるというだけで、胸がときめいたことを覚えています。でも謙虚だったのは始めだけ(笑)」

だんだん慣れてくると、メーカーから持ち込まれる図面に不満を感じて、勝手に「ワイパーはこんなに太くない」「ここは斜めにした方がいい」などと作り変えてしまうことがたびたびあったという。そして4年が経った頃には、持ち込まれた図面どおりに金型をつくるのではなく、自分の手でオリジナルの模型を生み出してみたいという衝動を押さえられなくなっていた。

※1…モデル・デス・ヤーレス(年間傑作模型賞):前年にドイツ国内で発売された模型の中から、各誌が各ジャンルのベストモデルを読者投票などによって選定される。本来、「Xウィングシリーズ」は、ルーカスフィルムとの契約で日本国内の販売に限られているが、個人輸入などでドイツに出回ったキットが高い評価を受けて、2002年に受賞となった。

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