講演レポート:第85回 なぜ企業のデータ活用は加速しないのか|Prowise Business Forum in TOKYO|システム構築やトータルソリューションをお探しなら、日立ソリューションズをご利用ください。

株式会社 日立ソリューションズ

Prowise Business Forum in TOKYO 第85回

なぜ企業のデータ活用は加速しないのか
~「サービス工学」から読み解いた、データサイエンスの勘所~

 データサイエンスをビジネスに取り入れて変革を起こす。それは、各企業共通の命題かと思います。しかし、何をすればいいのか分からないという声が多く、事例も少ないのが実態です。このような状況を打破するヒントが、「サービス工学」にあると考えました。サービスは無形性の性質から科学的に扱われることがありませんでしたが、さまざまなデータを分析することにより、可視化、定量化し、構造理解を推し進めるサービス工学は注目を集めています。今回は学術的なアプローチよりも、繰り返し実験することで洗練された事例に着目し、ビジネスの実態に則った内容で迫りました。
 基調講演では、そのデータサイエンスの実績からCIOオブ・ザ・イヤーを受賞した、がんこフードサービス株式会社の新村猛氏より、データからビジネスを変革した取り組みについてご講演いただきました。日立ソリューションズからは、何を分析し何を見える化すれば業績向上につなげられるかをテーマに、データ活用事例をご紹介しました。

開催概要

日時 2015年11月26日(木) 14:00~17:30 (13:30 受付開始)
会場 東京都港区港南2-18-1
JR品川イーストビル20F セミナーホール
主催 株式会社日立ソリューションズ

【日立ソリューションズセッション1】
データ分析の基本と企業戦略活用事例

奥沢 浩
株式会社日立ソリューションズ
ビジネス・アプリケーション本部
担当部長 奥沢 浩

 このセッションでは、企業で情報を活用するための基本的な流れ、分析と可視化の違いを説明した上で、実際にデータ分析を戦略的に活用している企業事例を示し、データの活用と分析を支援する日立ソリューションズの分析メニューを紹介した。

BIとデータマイニングは似て非なるもの

 冒頭、奥沢は、データ分析を語る上で頻出するBI(Business Intelligence)という概念を定義した。

「BIを分かりやすく言えば情報の知識化ということ。表やグラフなどを一般的にレポートと呼ぶが、形を変えず見るだけの定型レポートや、プルダウンでより詳しく見ることができる対話型レポート、見たいデータを新規作成できる非定型検索などのほか、Excelや企業内に散在するデータを統合して経営指標をビジュアルな操作で閲覧できるダッシュボードなどがある」

 それらとは別に、データマイニングというものがある。BIとデータマイニングは似て非なるもので、BIは関係があることが分かっているデータを組み合わせ可視化するもので、データマイニングは"発掘"という語源の通り関係があるかどうか分からないデータから関係性を抽出する。データマイニングはアナリストなど特定の分析者が活用する高度な手法だが、それは個人知であり、BIは導出された知見を共有・理解しそれを組織知(企業知)に導くために用いる手法という違いがある。
「組織知を作り出して企業改革に向けた組織行動を起こすことがデータ分析の価値」と奥沢は述べる。そのためには業務の効率化に合致したレベルのICT基盤を整え、リテラシーをアップさせるために教育を徹底することが重要だという。

原因の因果関係を追求してばかりいると"データの海に溺れる"ことになる

 そこで奥沢は、それを実践している企業事例を2つ紹介した。
1件目は大手食品デリバリー企業A社における顧客分析例だ。A社は北海道・沖縄・離島を除く日本全国の会員向けに食材・食品や料理を宅配するサービスを展開し、配達スタッフは約1万名、契約会員数は約30万世帯以上抱える。同社は売上の拡大と利益率の向上を経営課題としており、主要KPIは

  • 顧客軸(会員数、顧客単価、新規会員定着率)
  • 人員軸(スタッフのパープロ、スタッフの定着率)
  • 商品軸(商品別売上高、利益率、商品別顧客層別発注数、入り口管理)

などがある。

 奥沢はこの事例を (1)【症状】、(2)【メカニズム】、(3)【真因】、(4)【解決策】、(5)【実行】の5段階で分析した。
【症状】は売上の伸び悩み(会員数は右肩上がりにも関わらず客単価が上がらない)、利益率の低迷(デリバリ効率が悪い)とした。
【メカニズム】では客単価が低い原因を分析。1人あたりの購入品目が少ない、安い商品しか売れない、購入回数が少ない(月あたり単価が安い)などさまざまな原因が考えられた。
 奥沢は「原因を分解して因果関係を追求していくと原因の要素が無限に増え、分析対象がさらに増えていくだけで収束しない、いわゆる"データの海に溺れる"ということになりかねない」と注意を促す。一度にたくさん買う人や高額な商品を継続的に買う人もいる。それはどんな人か、共通点は何かを考えるべきだという。

「うまくいかない多くの要素を考えるのではなく、うまくいっている数少ない理由の方を考えるという発想の転換が必要だ」とアドバイスする。

 A社は、「売上の伸長」=「会員獲得」と思い込み、自社の特質に合わない顧客を勧誘することによって客単価を悪化させてしまった顧客マーケティングの間違いを【真因】と考え、顧客セグメントを見直し、自社の特質にあった顧客アプローチを行えば収益率は上がるはずだという仮説を立てた。

情報分析のアプローチは「見る・知る・分かる・知らしめる」が基本的な流れ

 地区全体からからデリバリー可能エリア(商圏)内の居住者のうち、購入履歴のある人、料理契約者、食材契約者などを抽出。また、商圏内の地域住民や利用客の特性を把握するため、社内データ(既存顧客)と外部データ(潜在顧客)を突合し、商圏内世帯分析や商圏内人口ピラミッド、エリア行動分析などを実施することで、「高齢・一人暮らし型」、「高齢・裕福型」、「高齢・不自由型」、「多忙型」、「不便型-1」、「不便型-2」の6つに分類した。

 その結果、【解決策】としてマトリクスを作り、客単価が高く配達難度は小さい「高齢・裕福型」と「多忙型」は高単価の厳選食材で購入単価をアップできる優良顧客として囲い込み、客単価は低いが配達難度は小さい「高齢・一人暮らし型」と「高齢・不自由型」も長期契約件数を増やせば月あたりの売上もアップできると判断し、これら自社の得意分野をターゲット顧客層とした。

 最後の【実行】施策として、A社は会員獲得のためのキャンペーンを実施した。季節ごとの格安商品で新規顧客を獲得し、次におかずセットや季節の野菜などの定番に移行し、最終的には調理キットや料理の継続契約に持ち込む狙いだ。奥沢は、「キャンペーン商品は利益が出ないため、新規顧客がリピーターになって1ヶ月後や6ヶ月後にどれだけ残存し、長期契約に結びついているのか追跡して効果と趣向を分析することが重要」と説明する。

 具体的な分析システムの機能としては、基幹からのデータを格納するため「SAP SybaseIQ」でDWHを構築し、「SAP BusinessObjects」で分析する。大事なことは、「見る・知る」(顧客分析テンプレート)、「分かる」(非定型分析)までは本社部門で行い、その結果をリスト化して「知らしめる」(定型分析)を一般ユーザー(営業店舗)に展開することだという。
 この事例から、奥沢は「データの整備をすること、プロセスを踏んで分析を進めること、業務的経験からの仮説&検証、分析のレベルを理解すること、情報分析のアプローチ(見る・知る・分かる・知らしめる)が基本的な流れになることを理解してほしい」と強調する。

モデル別採算システムから導出された製品別・顧客別損益情報を経営戦略に活用

 事例の2件目は、製造業B社におけるグローバル経営分析のケースが紹介された。B社は輸送機械の製造・販売を手掛け、売上高は約1兆円(連結)、従業員数は約5万名、海外拠点が約100社という大規模な企業だ。システム化の目的は、グローバル視点での製品モデル別原価・粗利の把握や、製品モデルごとの売れ行き・需要見通しの可視化、複数シナリオによるシミュレーション(人件費・為替・関税などを踏まえた最適な生産地、人口・GDPなど長期変動を踏まえた最適量生産・最適値販売)などが要望にあったという。

「グローバル化が進展することで、生産拠点の分散化・多国籍化や、サプライチェーンの拡大と複雑化、市場と製品の多様化など、従来と異なる経営課題に直面している。そのため、タイムリーな情報把握とスピーディな意思決定や、製品ライフサイクルでのコスト・利益管理、サプライチェーン全体のコストを考慮した利益管理などが必要になっている」と奥沢は補足する。

 構築したシステムは、市場情報と販売実績による国別総需要予測と、メーカー/カテゴリ/エリア別需要設定を行う市場予測を元に、販売単価情報と原価情報を世界各国から収集し、どの国で何の製品を何台生産し、どの国に何台販売したら最終的に利益はいくら捻出できるのかといったシミュレーションを可能にするモデル別採算システムだ。
 これから導出された製品別・顧客別損益情報は、事業・製品収益性管理や、地域・顧客収益性管理、収益性予測(シミュレーション)などの経営戦略に活用している。また、台数と利益率でマトリックス化し、優良モデル、少量高利益モデル、薄利多売モデル、不採算モデルを分析し、製品別ポートフォリオを作った。
「しかし、社内でこうした経営可視化システム導入の合意を得ることは容易ではなかったようだ」と奥沢は打ち明ける。そのためB社は、まず1年目でプロトタイプを作成し、2年目でそれを役員や関連部署に見せ、評価してもらった上で、最終的には3年かけて開発していったという。

 奥沢は、仮想的にある製品を日本で設計し、基礎部品を中国で生産し、それをタイに運んで組み立て、欧州に販売するケースと、基礎部品をメキシコに運んで組み立て、北米に販売するケースのサプライチェーンを想定した連結原価シミュレーションの例を紹介した。

 日立ソリューションズではこのB社の事例をベースとして、製品別・顧客別収益管理パッケージ「ProfitNavi」を開発した。世界各国から市場データと生産拠点データ、販売拠点データなどを収集・蓄積することにより、製品別の利益構造を可視化し、経営計画のシミュレーションを可能にするソリューションだ。その他、実際原価計算パッケージ「CostACC」や、原価企画パッケージ「CostProducer」などと組み合わせ、サプライチェーン全体における製品別・顧客別損益予測を経営層や原価部門における戦略的意思決定に活用することを推奨している。

データ分析の目的は経営環境の変化に素早く対応し企業が生き残るためにある

 B社の事例から、奥沢は「データが戦略を生むのではなく、戦略を裏付けるのがデータであり、勝つための仮説はやはり人間が考えなければならない」と結論づける一方で、世の中には人工知能による機械学習という方法もあり、セッションの終盤でその可能性についても論じた。
 日立ソリューションズでは、商品を購入する確率の高い顧客を予測するリードスコアリングという手法を機械学習で解決する「機械学習リードスコアリングサービス」を開発した。商品のWebアクセスログなど既存の実績情報を利用して興味・関心の指標(滞在時間や参照回数など)からリード(見込み客)の行動データのエッセンスを取得してスコア化し、それに顧客マスタや購入実績データをマッチングさせて機械学習機能が解析することで、近い将来にある商品を購入する確率の高いリードを予測する。

 日立ソリューションズでは、情報漏洩防止ソリューション「秘文」の拡販活動にこの機械学習リードスコアリング技術を適用した結果、スコア上位20%の顧客(全1283社中256社)で全体受注の57%を獲得した。256社にランダムに受注活動を行った場合、受注獲得は4社だけだったのに対し、予測モデルを利用した場合は12社となり、約3倍効率化したという。

 最後に奥沢は、「データ分析の目的は、経営環境の変化に素早く順応し戦略を立てるためにある。かのチャールズ・ダーウインも著書『種の起源』の中で、"唯一生き残るのは、強い者ではなく、賢い者でもなく、変化できる者である"と述べている。企業も同様に、経営環境の変化に素早く対応できる企業が生き残る。それを支援するのがデータ分析なのである」と結論付け、セッションのまとめとした。

【日立ソリューションズセッション2】
お客様の真意は「行動」に現れる
~行動分析データの威力~

日高 恵司
株式会社日立ソリューションズ
ビジネス・アプリケーション本部
主任技師 日高 恵司

このセッションでは、買い物客の動きをデータ化し、魅力的な店舗や商品の開発をした最新事例から行動分析データの活用方法を紹介した。

見えなかったものを見える化し業務改善に結び付ける行動分析ソリューション

 講演の冒頭で、日高は、アパレル:5~10%、SPA(製造小売業):20~30%、コンビニ:80~90%という数字を示した。これらは日立ソリューションズが独自に調べた、来店者数を母数にした購入者の割合だという。「つまり、アパレルやSPAの店舗では、来店しても何も買わずに出ていってしまう人が大半を占めている」と日高はいう。
 また、船釣りを比喩として例に出し、「釣りは長年、勘と経験と度胸に頼ってきたことでその釣果には個人差が大きかった。しかし近年、技術革新が起き、魚群探知機の発明によって魚種や回遊パターン、潮目などを定量的に可視化できるようになり、初心者には予想もしなかった釣果が、また経験者にとっては予想していなかった漁場であることが分かるようになった」と説明する。

 見えなかったものを見える化することによって、業務改善や売上の改善に結び付けるのが、日立ソリューションズが開発した「行動分析ソリューション」だ。例えば小売業では、来店者数/来店率や、来店した顧客の性別・年齢・時間別推移のほか、曜日・時間帯・性別ごとの買い物ルートと購入品、何かを利用した前後の顧客の動線傾向と購入品、さらには買わずに退店した顧客の動線傾向などがカウントできる。

「行動分析ソリューションを活用してお客様を定量的に知ることができれば、適正な在庫やスタッフの配置・提案、陳列・品揃え戦略などに役立てることができる」と訴える日高は、このソリューションは製造業でも応用は可能だという。製造ラインの効率化やピッキングの効率化、従業員の安全対策にも役立てられると話す。

人の顔の映像から年齢・性別を推定し調査箇所や時間帯で傾向を把握

 次に日高は「店舗動線分析ソリューション」を紹介した。店舗動線分析ソリューションは大きく2つのシステムで構成されている。

 1つ目は「来店者属性測定システム」。店舗の入り口に設置したカメラで撮影したデータから、店舗(フロア・通路)には"どのような人が"、"いつ"、"何人くらい"来ているのかを見える化するシステムだ。映像中の人の顔から属性(年齢・性別)を推定し、時間軸とともに集計。調査箇所や時間帯での比較、傾向の把握を行う。またプライバシーにも配慮し、映像記録の機能は持たず瞬時にデータ化することで、利用者の個人情報は保持しない設計になっている。

 2つ目は「人流分析システム」。これは店舗内を"何人が"、"どのように動いて"、"どこに・どれだけ滞留"したのかを見える化するシステムだ。人体に無害な測域レーザーセンサを店舗内に複数配置し、トラッキング後にデータをリアルタイムに座標化することで人物の動きを詳細に可視化する。POSデータのタイムスタンプと人流分析システムのイベントを突合し、顧客が来店からどのような商品棚を回遊し、最終的には何を購入したのか(しなかったのか)などが分析できる。

売れないと考えていた消臭剤をレジ横に置いたところ完売

 ここで日高は、来店者属性分析の事例を紹介した。あるSPA店舗の事例では、メンバーズカードを提示した20歳代の顧客は10%未満だったが、来店者属性測定システムのカメラで測定してみると実際には30%以上も来店しており、カード利用履歴による顧客属性と実際に来店している顧客とに大きなギャップがあったという。その店舗では30~50歳代をターゲットとした品揃えをしていたが、実際に属性を調べてみると来店者は20~30歳代が多いことが分かった。その世代は一般にメンバーズカードの所持率や提示率が低く、実態が顕在化していなかったことが認識違いの原因だったという。

 次に、行動可視化事例を紹介した。ある食品小売業では人流分析システムを活用し、顧客の立ち止まった場所、時間を分析することで停留スポット(ヒートマップ)を作成。キャンペーン企画コーナーの人気度やキャンペーン商品を実際に購入した顧客、立ち寄ったが購入に至らなかった顧客を可視化した。
 また、アメリカの大手百貨店のMacy'sでは、靴売り場を人流分析システムでヒートマップ化したところ、店内の壁が客の流れを阻害していたことが分かり、壁を撤去したところ売上が増加したという。
 別の小売業では、人流分析システムで来店客の滞在時間と顧客単価の関係を可視化。最も多い滞在時間は10分で、9割の来店者は20分以内に買い物を済ませ(もしくは購入せず退店し)、滞在時間が長くなるほど顧客単価は上がるものの、15分を過ぎたあたりからあまり変化はないことが分かったという。
 さらに別の小売業では、即退店者数と最初に立ち寄った場所を可視化した。非購買者の行動を見ると日用品の棚に立ち寄った来店者が多く、目当ての商品があって来店したが商品が棚になく即退店していることが判明。品揃えか在庫切れが原因だと推定された。
 加えて、生活雑貨店の事例では、清算後の行動分析から20%強の顧客が再度買い回りをしていることが分かり、その中の10%強が再度レジに並んで購入していたという。そこで、2度目の買い回りが多かった商品を特定し、それをレジ横に置いたところ完売し、再び仕入れることにしたという。

生産性の高い作業員の動きを参考に低い作業員の動線を変更して効率を改善

 セッションの終盤で日高は、製造業でも店舗動線分析ソリューションは有効に活用できると提案した。生産性の高い作業員の動きと生産性の低い作業員の動きを見える化し、作業場での滞留時間を画像チャートで比較することで、生産性の高い作業員の動きを参考にして低い作業員の動線を変更したり、目線を検知するソリューションを活用して棚の配置を工夫したり、さらには手の動きをセンシングするソリューションを使って効率改善も可能になっているという。
 また、製造業や建設業向けの関連ソリューションとしては「屋内位置把握ソリューション」もあると紹介。作業員が身につけるスマホで位置を特定し、フォークリフトの位置管理などに利用できるという。

 最後に日高は、「無駄な行動を削減して作業効率を図り、事故などのリスクも低減することができるので、ぜひ皆さんの会社でもご活用いただきたい」と訴えかけ、セッションを終了した。

【基調講演】
データでビジネスを変革、サービスを科学する術

新村 猛 氏

がんこフードサービス株式会社
取締役副社長 工学博士 新村 猛 氏

【新村猛氏プロフィール】

筑波大学大学院博士課程システム情報工学研究科修了。1990年、アルバイトとしてがんこフードサービス株式会社入社。調理、営業、人事、経営企画、取締役管理本部長を経て、2013年現職、取締役副社長に就任。国立研究開発法人産業技術総合研究所人間情報研究部門客員研究員、同志社大学大学院ビジネス研究科嘱託講師、近畿大学工学部教育推進センター非常勤講師、サービス学会理事を兼ねる。

基調講演では、がんこフードサービス株式会社(以下、がんこフードサービス)の取締役副社長を務める傍ら、近畿大学工学部教育推進センターの非常勤講師として教鞭を執る新村氏が、外食産業が置かれている現状や同社のデータ活用事例を紹介した。

外食産業はサービス産業の中でも生産性が最も低く付加価値向上も困難な業界

 1963年4月創業のがんこフードサービスは、大阪市・十三の小さな寿司屋から業容を拡大し、現在は「がんこ」ブランドを軸に、発祥である寿司を中心とした和食・居酒屋・豆腐・とんかつ・回転寿司といった日本料理をメインとするダイニングレストラン経営と食品物販事業を行っている。関西を中心に98店舗を展開し、従業員数は約4000名(2015年7月現在)、売上高は約220億円(2015年7月期)となっている。
 講演の冒頭で新村氏は、外食産業が置かれている現状について説明した。

「日本で外食業界が外食産業といわれ始めたのは1970年代。その頃は全体の売上がまだ約8兆円規模だったが、1995年の約30兆円をピークに下降を辿ることになった。原因はバブル崩壊に伴うデフレ長期化の低価格戦争のほか、オーバーストア(過剰店舗)による収益の悪化や、高齢化社会による消費構造の変化などがあった」

 2006年から始まった人口減少も原因のひとつだ。1970年代から80年代までは人口構成ピラミッドは安定した形だったが、出生率が減り続けた結果、40年後の現在は高齢化が進み、働き手の不足が間近に起こっているという。

「このまま2050年になるとお客様の数が減る以上に現場のオペレーションが維持できない逼迫した状況に直面する。これがサービス産業の抱える大きな課題」と新村氏は指摘する。

 外食産業はサービス産業の中でも労働集約型サービスで生産性が最も低く、有形的行為で従業員が直接サービス生産に関与するためサービスの複製や在庫という考え方が難しく、技能の高度化(特殊技能化)が困難な場合は付加価値向上も困難になる(コモディティ化する)業界だ。また、外食産業のサービス現場では常に需要に労働力の投入が追いつかない機会損失と、最大公約数で需要を予測するための労働投入超過が繰り返し発生している状態で、それが生産性を低めている要因だという。

 そこで新村氏は、サービス生産性を向上させる科学的・工学的手法であるサービス工学の活用を提唱する。具体的には、サービスの現場での受容者と提供者の行動を「観測」し、それを「分析」して得られる客観的根拠に基づいて、あるべきサービスに関するモデルを「再設計」し、それを現場に「適用」するという、PDCAサイクルに似た「最適設計ループ」を繰り返す方法だ。

ノートと鉛筆に代わる手法として開発したシミュレーションシステム

 次に新村氏は、がんこフードサービスにおけるデータサイエンスの適用事例を紹介した。同社は創業者の言葉である「旨くて安い」というコンセプトを守りながらサービスを提供しているが、旨い(付加価値額が他社よりも大きい)ものを安く(投入生産要素が他社よりも小さく)提供するという矛盾した要素を実現するのは難しい。がんこフードサービスの創業者は日本で初めて寿司に定価を導入した人物だといわれているが、寿司屋を始める前に魚の仕入データが全くなかったため、1年間休まず市場で取引される魚介類の市場価格をノートと鉛筆で書き写し、そこから競争力のある価格設定と収益率をリサーチしたという。

 それから53年後の現在、サービスの現場でノートと鉛筆に代わる手法として開発したのが設備レイアウトの最適化をめざしたシミュレーションシステムだった。同社が開発したシミュレータは半導体工場用をモディファイしたもので、POS(注文数・時刻)、勤怠管理(出退勤時間)、店舗レイアウト(調理機器配置)、調理作業(時間・スキル)で構成され、日々刻々と変化する注文数をPOSデータで計測し、労働時間データを与えながらシミュレータに値を入力することで、需要変化に応じた店舗の最適レイアウトを検討することが可能になっている。それにより、料理の提供時間の短縮と調理スタッフの適正な稼働率を計算することができるという。

「しかし、店舗のレイアウトやシフトだけ変更しても作業量は減少しなかった。なぜならば、従業員自身の意識が変わっていなかったから。そのため、インセンティブを変えつつ、3ヶ月に1店舗ずつ従業員のトレーニングを行って意識改革を促しながらレイアウトを変更するようにしている」と新村氏は説明する。

VRを活用した作業軌跡や投入労働量の可視化で注文数が2割増加

 もうひとつ、同社が実施したのは、屋内測位システムによるオペレーションの改善だ。店舗内をデジカメで写真撮影して3DCGを作成した上で、厨房スタッフと接客スタッフの制服に独自に開発した小型のPDR(Pedestrian Dead-Reckoning: 歩行者自律航法)センサモジュールと装着型環境センサを取り付け、店舗内の作業動線を3DCG上で計測。作業に共通する基本動作を計測し、作業場所、発話内容、注文の種類などの情報と組み合わせることで作業種類を推定するとともに、POSと組み合わせて作業軌跡や投入労働量の可視化を行った。

 この改善活動の結果、従業員の無駄な作業を減らして顧客対応時間を増やし、サービスをよりきめ細かにすることで、顧客1人あたりの注文数量が1品増加した。新村氏は、「1品というと少なく感じるかもしれないが、通常来店したお客様は1人あたり料理を3品、ドリンクを2杯ご注文されるので、受注数が2割増加したことになる」と話す。

 従来の店舗設計は、オペレーションをあまり熟知していないデザイナーが設計を担当するためオペレーションデザインは不十分のケースが多かった。今後はこうしたVR(仮想現実)を活用したサービスデザインを活用することで、従業員が設計に参画することも可能になる。また、多くの設計者(経営者や管理者も含む)は男性が多いため、女性の目線で設計ができなかったが、従業員の身長などの条件をVRに反映することでさまざまな視点での設計が実現するという。

「今後は、オペレーションをよく理解していないシステム設計者と、システムが分からない現場の担当者のスタッフ、マネジメント層が一緒に作り上げていくことで、設計段階でどれほどの設備投資とオペレーションコストがかかるのかを考えながら、数年をかけて適切にレイアウト設計を進めていく予定だ」と新村氏はいう。

工学・科学を組み合わせて付加価値を向上させる医学と、過去に遡る外食産業

 続いて、新村氏は200年後の将来展望について言及した。「キーワードは医食同源。300年前までは料理人の技術と医者の技術は拮抗していたのではないかと考えている」と新村氏は話す。昔から、自然界に存在する生物を素材に、手作業で操作できる道具を駆使し、顧客(患者)に提供(処方)してきた。それが300年後の現代ではレストランのシェフと病院の医師とでは大きな差が生まれた。その原因は医学と工学の連携にあるという。現代の医学は工学・科学の知見を組み合わせ、人間の限界を超える技術を駆使し、人間ではなし得ない処方を提供することで付加価値を向上させている。

 一方、外食産業はどうか。新村氏は「過去に遡ってしまった」と指摘する。「昔のレシピを掘り起こしたり、伝統的な調理方法がおいしいと信じたり、それも重要だが、人類は300年前と同じではなく、新しい技術を貪欲に取り入れることをしなければ生産性は向上しない」

 外食産業は工学と科学の知見に加え、文化、アートとの融合で、今までにない高いレベルの営業内容を実現し、顧客に新たな次元の感動を提供するべきだという。また、効率化による人員削減ではなく、バリューの創造こそが外食産業の使命だと新村氏はいう。

 そして、もうひとつのキーワードは「モダン・タイムスではいけない」というもの。映画『モダン・タイムス』では省力化によって人から仕事を奪うシーンがあり、確かに科学は機械化や省力化という方向に向かうのも事実だが、科学の導入によって昇華する技術もある。例えば、板金は金型やプレス加工技術によって飛躍的に生産性を向上したが、金型職人は単調な作業から解放され、超複雑機構の設計に専念できるようになり、従来よりもはるかに高度な技術を習得できるようになった。

 新村氏は、「外食産業も付加価値を創出しない技術は機械化や省力化の方向に進むべきだが、価値を生み、お客様の感動を創出する技術に特化することで、生産性が向上し、利益が生まれる」と断言する。

 最後に、新村氏は、「このようなアクティビティは10年かけてようやく開発から現場への投入まで辿り着いた段階で、現場を改善するにはあと10年は必要だと考えている。導入が進み、新たな結果が出た時点で、また機会があれば皆様に情報を提供したい」と語り、基調講演を終了した。

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