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【平成の世にサムライを探して】第十三回 大谷賢二-後編-カンボジアの地雷被害は、今この時間にも起こっている地球規模の問題。|システム構築やトータルソリューションをお探しなら、日立ソリューションズをご利用ください。

大谷賢二-後編-カンボジアの地雷被害は、今この時間にも起こっている地球規模の問題。

NGO「 カンボジア地雷撤去キャンペーン」(CMC)代表の 大谷賢二さんの後編です。医師にも見放された意識不明の重体から奇跡的に回復した大谷さんは、リハビリを兼ねて前にもまして旅に出るようになります。そうして訪れた国の中にカンボジアがありました。子どもたちまで巻き込んで今もなお続く深刻な 地雷被害。解決に至るには私たちが生きている間に終わるかわからない難事業でしたが、大谷さんは立ち上がらずにいられませんでした。

別世界からの帰還

大谷賢二(おおたにけんじ)プロフィール
1951年、福岡県福岡市生まれ。福岡県立福岡高校、九州大学法学部卒業。在学中より日中友好運動に取り組み、日中国交回復、平和友好条約締結の運動に参加。以降、日本初のパラグライダーのインストラクターとしてアジア大会、日本選手権などの運営、青年会議所メンバーとして「アジア太平洋子供会議イン福岡」の第1回目からの企画に参加。これらを通してアジア各国との交流を進めてきた。この約30年の間にヨーロッパ、アジア、アフリカ、南北アメリカなど70数カ国を訪問。現在、NGOカンボジア地雷撤去キャンペーン(CMC)代表として、世界の地雷廃絶運動を推進。写真展や後援会・チャリティー活動などを行ってカンボジア現地の地雷撤去活動や地雷被害者救援活動、最近は特に地雷撤去後の教育支援としての学校建設や農業支援などにも取り組んでいる。

そのとき、大谷さんは別の世界にいた。どこまでも青い海が広がる南洋の島国。大谷さんは村人だった。それも、ただの村人ではない。その国の王の娘、つまりプリンセスの愛を受ける特別な青年だ。王からは「娘をもらってくれるなら、この国をやろう」といわれるのだが、それは文明が未発達の土地で暮らし、プリンセスを生涯のパートナーとする決断を迫られたことになる。本当にいいのか、自分の気持ちを見定めるため、プリンセスを旅に連れ出すのだが、結局うまくいかず、旅もそこそこに別れてしまう。大谷さんはその旅先で新しい人生をやりなおすことになった。今度は、そこでなぜか映画俳優になる大谷さん。何本目かの出演作品の中で座礁した船を救うダイバーを演じることになり、ボートから海へ入ろうとしたときにしたたかに頭を打った。

目覚めてみると、白い壁、白い天井に囲まれた病室にいた。体には何本ものチューブが差し込まれていて、頭を打ったはずなのに、おなかがおそろしく痛い。殺風景な病室の中を見渡しながら「映画俳優なのになぜお見舞いの花がないんだろう」と不思議に思ったという。そこで再び眠りに落ち、次に目が覚めると目の前に顔があった。大谷さんのお父さんだった。大谷さんは夢の世界と現実との狭間で混乱し、相当に暴れたらしい。あまり暴れるので、ついには手足を拘束される始末だった。

そこでようやく本当の事態を知る。事故からは3ヶ月半が経っていた。意識不明のまま、5回も手術を受けていたらしい。医師は「このままでは助かりません。非常に厳しい状況ですが最大限の努力をしてみます」と、手術のたびに大谷さんの家族に同意書へのサインを求めた。大谷さんはそのたび意識のないまま不屈の生命力で生き延びたのである。「九死に一生」どころか「九百九十九死に一生」だった。

リハビリの旅で出会った人生を変える衝撃「地雷」

一般病棟に戻ると、苦しいリハビリが始まった。体重は25キロも落ち、体にあいた穴がいくつかふさぎきらない状態で、自分で起き上がることもままならなかった。それでも、流動食で口からものが食べられるようになると、大谷さんはしだいに元気を取り戻してきた。体が動くようになると、監獄のような病室で閉じこもってはいられない。「よし、旅に出よう」。大谷さんは退院の翌日、お腹にチューブ(ドレーン)をつけたまま旅立った。

カンボジアは、大谷さんが訪れた50数カ国目の国だった。パッケージツアーにでも参加していたのなら、この国の悲惨な現実を見なかったかもしれない。しかし、彼の旅のスタイルは常に個人旅行。気のむくままに行きたいところへいく。そこで目の当たりにしたのが、対人地雷によって片足を吹き飛ばされた少年、両足を失った農夫、右手のなくなった木こりなどといった現地の人の姿だった。

大谷さんはすでにたくさんの国を訪問し、痛々しい戦争の爪あとなどはふんだんに見てきたつもりだった。しかし、カンボジアでみた今なお増え続ける対人地雷被害者の姿は、それをはるかに上回った。なぜ、こんなことが起きなければいけないのか。それを詳しく知れば知るほどに、大谷さんの中に「何とかしなければ」という思いが強くなっていったのである。

地雷は、今なお生産され続けている兵器である。兵器製造の技術が進んだことによって、1個3米ドル(約400円)くらいの安さで生産することができ、ハイテク技術によって1分間に1,000個以上もの地雷を散布することができる。そして、それでいて残虐性、残存性、無差別性を十分に発揮できるのだ。

たとえば、残虐性という点では、対人地雷は、殺すことよりも怪我をさせることを目的に開発されている。これを利用することにより、周りの目撃者に精神的打撃と恐怖心を起こさせ、また救護するために負傷兵を後方に運ぶのに多くの兵力を使い、その後の治療やリハビリに多大の費用を要し、敵に経済的負担を負わせるのが目的なのだ。対人地雷の被害に遭うと、人は文字どおりボロキレのようにずたずたになる。生き残れるのは二人に一人。しかし、生き残ったとしても、その後は手足の切断、失明などの重度の障害に苦しむことになるのだ。

また、一度埋められた対人地雷は半永久的に作動する。これが残存性である。敵方の経済活動を破壊するという目的があるため、埋められるのは、農作物がたくさん採れる田畑や水汲場、木の実や木材をとる山林や人の集まる広場などといった場所だ。

さらに、攻撃対象に向かって威力を発揮する他の兵器とは異なって、対人地雷は相手を選ばないという無差別性を有している。戦場は、戦争が終われば民間人の生活の場だ。しかし、対人地雷は兵士と民間人の区別をすることなく、誰かに触れられて爆発するのをひたすら待っている。 まさに「悪魔の兵器」と呼ばれるにふさわしい兵器なのだ。

今まだ世界中に約7000万個の対人地雷が埋められており、国際赤十字の調べによると、毎日約70人、つまり20分間に1人がそれによって無残に殺されたり手足を吹き飛ばされたりしている。

このままのペースでいくと、地球上のすべての対人地雷を除去するのは、私たちが生きている間に終わるかどうかすらわからない難事業である。希望の前に大きな絶望の壁が立ちふさがる。しかし「絶望するのは頭の中だけで考えるから。頭で考えたら、前へ進めない。僕の場合は、やった分だけ確実に前進すると信じて行動しながら考える。体が先に動くんですよ」と大谷さんは前向きだ。

実際、大谷さんの背中を押したのは、「75セントあれば1平方メートルあたりの地雷原をきれいにすることができる」という言葉だった。75セントといえば、日本円にして約100円。それならば日本の小学生にもできる、というのが大谷さんの出発点だった。

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