【平成の世にサムライを探して】第150回 小湊鐵道株式会社 代表取締役社長 石川晋平「沿線の『逆開発』で里山という遺産を資産化 ――人間と自然の間の壁を取り払っていきたい|システム構築やトータルソリューションをお探しなら、日立ソリューションズをご利用ください。

平成の世にサムライを探して 

【平成の世にサムライを探して】第150回 小湊鐵道株式会社 代表取締役社長 石川晋平「沿線の『逆開発』で里山という遺産を資産化 ――人間と自然の間の壁を取り払っていきたい」

「創立100年のベンチャー企業」──。房総半島の中央を走る小湊鉄道の社長、石川晋平氏は、自社をそう表現する。乗客が減り続ける中、「里山」「自然」という地域が持つ遺産を資産化して、24年ぶりに収益を改善させた石川氏の取り組みに、人口減少時代におけるビジネスのヒントを探る。

乗客の少ない里山こそ最大の魅力

石川晋平(いしかわ・しんぺい)プロフィール

1972年千葉県生まれ。地方銀行勤務を経て、2005年、祖父が社長を務める小湊鉄道に入社。09年、社長に就任。ピーク時の4割程度まで減っていた乗客数を回復させるために、15年に、時速約30kmでゆっくり走る観光列車「里山トロッコ」の運行を開始。17年からは、養老渓谷駅の周囲を森に戻す「逆開発」に着手している。

※黒字= 石川晋平氏

石川晋平氏の画像
石川晋平氏

── 小湊鉄道が設立されたのはいつ頃ですか。

ちょうど100年前の1917年です。地元の有志が集まって、千葉の五井(市原市)から天津小湊(現・鴨川市)まで、房総半島を南北に縦断する線路を通そうと考えて会社をつくったのが始まりでした。結局、天津小湊まで線路は通らなかったのですが、その終点予定地の名を取って「小湊鉄道」と名づけたわけです。

しかし鉄道事業というのは、土地を接収して、線路を敷いて、列車を造って、運転手を養成してと、莫大なお金と時間がかかります。そこで、自分たちだけでは無理ということで、安田財閥の安田善次郎氏のところに相談に行ったのですが、山の中の鉄道ですから、「採算が合うわけがない」とすぐに断られたそうです。それでも諦めずに何度も何度も通い詰めて、最後はほとんど泣き落としのような形で出資してもらったようです。

── 小湊鉄道に入社する前は、金融業界にいらしたそうですね。

地元の銀行に勤めていました。祖父が小湊鉄道の社長をやっていまして、「小湊に来い」のひと言で入社が決まりました。

明治生まれの怖いじいさんでね。そう言われたらもう断れないんですよ(笑)。それが12年前でした。8年前に祖父が亡くなった時に社長に就任しました。

── 社長就任の頃の会社の状況はどうでしたか。

業績のピークが1993年で、そこからはずっと右肩下がりですから、私が社長になった頃も、収益、乗客数ともに減り続けていました。沿線の人口も減る一方で良くなる兆しもなく、どうにかしなければならないといろいろ考えましたが、なかなか方策は出ませんでした。

方策のヒントになったのはレールバイクです。保線作業の際の移動に使う乗り物で、ホンダの125ccのバイクを改造して線路を走れるようにしたものです。

上/かつてのSLを復活させた機関車。動力はディーゼルエンジンだが、汽笛(当時のものを使用)や煙は再現。下/トロッコ列車の内部。窓をなくし天井をガラス張りにして、自然を間近に感じられるようにしている。
上/かつてのSLを復活させた機関車。動力はディーゼルエンジンだが、汽笛(当時のものを使用)や煙は再現。
下/トロッコ列車の内部。窓をなくし天井をガラス張りにして、自然を間近に感じられるようにしている。

ある日、保線担当の社員が乗っているのを見て、私も乗せてもらったんです。若い頃はバイクでよくツーリングに行っていたのですが、レールバイクの楽しさといったら、その比ではありませんでしたね。私有地の線路だからヘルメットは要らない。対向車もない。緑に囲まれた線路を独占して、風を浴びたり、野焼きの煙が流れてくるのを眺めたり。もう最高で、この楽しさを多くの人に知ってもらいたいという思いから生まれたのが、トロッコ列車のアイデアです。

── 2015年から走っている、窓のない列車「里山トロッコ」ですね。

レールバイクのような列車を走らせたいと考えて、窓を取って、天井をガラス張りにした列車を造りました。自然と人間の間の壁をできるだけ取り払いたかったんです。先頭にはSLの機関車を走らせることにしました。昔、小湊鉄道を走っていたドイツのコッペル社の機関車の設計図が残っていて、それを再現したわけです。さすがに石炭で走らせるのは難しいので、動力はクリーンディーゼルエンジンにしましたが。

── かなりの投資額だったのではないですか。

年間の鉄道事業収入の7割くらいですね。これで駄目だったら鉄道事業をやめるくらいの覚悟でした。

── 社内からの反対はなかったのでしょうか。

既存の車両が古いので、入れ替えが先だという声が強くありました。しかし、それをするにもお金が必要です。沿線人口は減っているから、地元でこれ以上稼ぎを上げることは難しい。どうにかして「外貨」を稼がなければならない。ならば魅力的な列車を走らせて、外からお客さんに来てもらおう──。そう言って社員を説得しました。最終的には、自分たちの資産である里山の魅力を訴えていこうという思いで一致できました。

── 里山が資産、とは。

のどかな田園風景の中を走る小湊鉄道。この里山の風景こそが同鉄道の最大の資産だ。
のどかな田園風景の中を走る小湊鉄道。この里山の風景こそが同鉄道の最大の資産だ。

小湊鉄道は、五井から上総牛久という駅まではそれなりに町があるのですが、そこから終点の上総中野まではほぼ山の中で、乗る人も少ないんですよ。私は会社に入った頃は、乗客の少ない区間の運行をやめれば経営は安定するんじゃないかと考えていました。しかし、その乗客の少ない遺産のような里山を走るところにこそ、実は小湊鉄道の魅力があると気づきました。お金の面では採算は合わないかもしれないけれど、自然の美しさ、楽しさという面では、里山を走る区間は最高です。この楽しさをたくさんの人とシェアしたいというのが、トロッコ列車の根本にあるコンセプトです。公共交通機関は、もともとシェアリングエコノミーサービスですよね。だったら「里山シェア」のサービスがあってもいいんじゃないかと。

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