「絶対に無理」と言われたイタリアンチーズづくり
北村 森 1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。「日経トレンディ」編集長を経て独立。商品ジャーナリストとして、製品やサービスの評価、消費トレンドの分析を続けるほか、経済産業省やJETROなどと連携した地域おこし事業に数々参画。現在は「中日新聞」など8媒体でコラムを執筆、NHKラジオ第1「Nらじ」などのテレビ・ラジオ番組でコメンテーターを務める。サイバー大学IT総合学部教授(地域マーケティング論)。 |
北海道には数々のチーズ工房がありますが、この「ファットリアビオ北海道」は2013年の創業といいますから、最後発組と表現して差し支えないでしょう。
しかし、そんな最後発組でありながら、第1号の商品を登場させるやいなや、「パークハイアット東京」、あるいはJALファーストクラスといった一線級がすぐさま、ここのチーズを採用しています。そして現在では数々の賞を獲得し、その名を業界内外にとどろかせる実力派として認知されるに至りました。
なぜ、競合がひしめく中で2010年代に入ってから、同社はチーズ工房を立ち上げたのでしょうか。そこには切実な理由があったといいます。2010年以降、輸入物のイタリアンチーズの国内価格が高騰。ものによっては以前の2倍ほどになったそうです。こうなると、日本各地のイタリア料理店は窮地に陥ります。前菜からデザートまで、イタリアンにチーズは不可欠ですから。
ここで東京都内にあるイタリア料理店のオーナーが動きました。国内にすでにあるイタリアンチーズ工房の商品を食べ歩いたのです。しかし、なかなかお眼鏡にかなうチーズはありませんでした。輸入物と比べるとどうしても劣ってしまう。
ならばどうするか。このオーナーは、札幌で食品関連会社を営む社長とタッグを組んだのです。輸入のイタリアンチーズが高値をつけ、また既存の国内産のチーズがいまひとつならば、いっそのこと国内で新たに作ってしまおう、と……。
![]() ファットリアビオ北海道の長期熟成チーズ
「グラナ・ディ・エゾ」 |
イタリアの超実力派チーズ職人を試しに招き、北海道で試作してもらったところ、なんとイタリア本国で作るよりもはるかに美味しいチーズができました。それだけ北海道の牛乳が優秀だったからです。しかも!リコッタやモッツァレラなど鮮度が命となるチーズでは、国内生産のほうがすぐに飲食店に届けられるので、輸入物より絶対有利といえます。これで国内各地のイタリア料理店を救うことができる、と踏んだのですが……。
原材料の牛乳をどう調達するか。ここが大問題でした。北海道の牛乳流通を一手に担っているのはホクレン農業協同組合連合会です。当然、ホクレンにお願いするしかない。ところが、同社にはツテがありません。もともと酪農業界とは無縁でしたからね。そこで地元各所にしかるべき方法を尋ねたら……皆が皆「やめたほうがいい」との返答でした。酪農業界の部外者に牛乳を卸してもらえるはずがないというのです。「常識はずれの話だ」「そんなことしたら、この街で仕事ができなくなりますよ」とまで言う地元関係者もいたそうです。
そこで同社の社長はどうしたのか。誰か有力者の紹介に頼る?お金を積む?そのどちらでもありませんでした。社長は真正面からホクレンの門を叩いたのです。
すると、部外者であるはずの同社に、ホクレンはすんなりと牛乳を卸してくれたといいます。「業界の常識にたがう」という話は単なる噂だったのでしょう。卸価格も既定通りでした。
ここで思うわけです。これをやったら業界のしきたりに反する、地域で仕事ができなくなる……。だから二の足を踏んでしまうという話の中には、今回のように噂にすぎないというケースもあるのです。動かないと何も始まらないという話でもあると、私は強く感じました。
![]() 北海道に移り住んだジョバンニ・グラツィアーノが製造を
指揮 |
最後発組ながら
数々の料理人が支持
北海道・札幌に本拠を構えるイタリアンチーズ工房。輸入チーズの価格高騰に苦しむイタリア料理店を救うため、日本国内で優れたチーズを作ろうというのが創業の目的だった。東京・麹町にあるイタリア料理の名店「エリオ・ロガンダ・イタリアーナ」のオーナーと、札幌の「ノースユナイテッド」の社長との協業によって、そんなチーズづくりが実現した。同社のチーズマスターは、イタリアから招聘したジョバンニ・グラツィアーノが務める。
![]() 上:リコッタも人気。3年前には羊の乳を使った
特別限定品にも挑戦 下:当初の顧客は飲食店やホテルだったが、近年は 一般消費者向けも |