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【挑む人】第7回 プレミアムワイン株式会社 代表取締役 渡辺順子「ワインは世界最強のビジネスツール」

人と人とをつないで、共通の話題を提供し、商談の潤滑油となる──。ワインにはそんな力があると渡辺順子氏は言う。「ビギナーにも分かりやすい」と評判を呼んだ『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』の著者であり、ワインのセミナーなどを主催するプレミアムワインの代表取締役である渡辺氏が、自身のワインとの出合いやワインの奥深い魅力について語った。

※本記事は2019年11月に掲載されたものです

人生を変えたのは、一本のワインだった。

渡辺順子(わたなべ・じゅんこ)プロフィール

プレミアムワイン株式会社 代表取締役。
1988年渡米。ナイキのシューズのバイヤーを経て、フランスでワインを学ぶ。2001年、大手オークションハウス「クリスティーズ」のワイン部門に入社。同社初のアジア人ワインスペシャリストとして活躍する。09年に退社し、帰国して10年にプレミアムワイン株式会社を設立。ワインセミナーを開催するなど、ワイン普及の活動を続けている。著書『世界のビジネスエリートが身につける 教養としてのワイン』(ダイヤモンド社)。

1990年代の半ば。渡辺順子氏は20代の頃から憧れていたニューヨークでの生活を楽しんでいた。米国でナイキのシューズを購入して日本に送る一種のバイヤーのような仕事をしていた渡辺氏は、ある時、米国最大のワイン産地であるカリフォルニアのナパで開催されたパーティーに招待された。

「友だちの友だちの誕生パーティーでした。そこでナパのぶどう畑の風景とワインのおいしさを体験して、ワインの魅力のとりこになってしまったんです」

ワインとの出合いを渡辺氏はそう振り返る。ニューヨークに戻ってすぐにソムリエスクールに通い始め、ワインオークションにも足を運んだ。富裕層が集い、ドン・ペリニヨンとキャビアが振る舞われるそのオークションで出合ったのが、フランス、ボルドーの名ワイン「ペトリュス」の90年ヴィンテージだった。ブルゴーニュのロマネ・コンティなどと並んで世界で最も高値で取引される銘柄として知られるが、この頃は価格はそこまで高騰していなかったという。

「私でも手が出せる値段だったので、そのワインを買って、家に帰って飲んだんです。驚きましたね。これほどに素晴らしい飲み物があるんだって」

渡辺順子氏
渡辺順子氏

本場フランスでワインを学びたいと考えるようになった渡辺氏は、株を売った資金を元手にフランスに渡り、半年の間、パリとボルドーのワインスクールでワインを学んだ。米国に帰る段になって次のキャリアのターゲットに定めたのが、彼女をワインの世界にいざなったオークションの世界だった。

入社したいと考えたのはサザビーズとともに世界で最も有名なオークションハウスの一つ、クリスティーズである。しかし、250年を超える歴史を誇る名門の扉は簡単には開かなかった。幾度となく書類やメールを送って採用を希望する旨を伝えたが、全くの梨のつぶて。知り合いのコネクションをたどって、ようやくワイン部門の責任者にアプローチすることができた。ワイン取引の世界でその名を知らぬ人はいないマイケル・ブロードベント氏だった。週2回のインターンとしてクリスティーズに居場所を確保することができたのは、彼の導きがあったからである。

当初の日給はわずか6ドル。それでも渡辺氏は、上司からたしなめられるほどに必死に働いた。夢に見ていた世界で仕事ができることが楽しくて仕方がなかったからだ。努力する者には運が味方をするということなのだろう。まもなく正社員に欠員が出て、晴れてクリスティーズの正式スタッフの座を得ることになった。クリスティーズのワイン部門の社員はワインスペシャリストと呼ばれる。その職に日本人が就いたのは、クリスティーズの長い歴史の中で初めてのことだった。

ロマネ・コンティを一番飲んだ日本人

ワインスペシャリストの仕事は、オークションに出品されるワインの価値を決めることである。

「出品されるワインの銘柄、ヴィンテージ、状態などを見て、基準となる価格を決めるのがワインスペシャリストの役割です。ワインセラーに行って大量のワインを一本一本チェックしていく地味で体力勝負の仕事でした」

渡辺順子氏

テイスティングをして、保存状態を確認することもワインスペシャリストの役目だ。10年近いその仕事の中で口にしたワインは膨大な数に上るという。「日本人でロマネ・コンティを一番飲んでいるのは私だと思います」と笑う。

地道な努力はオークションの華やかな場で報われることになる。自分が値踏みしたワインに多くの入札が集まり、当初の価格から3倍、4倍の値で落札される。それがオークショニア(競売人)の醍醐味だと渡辺氏は言う。

「単においしいというだけでなく、価値が数字として明確に表れる。それがワインオークションの面白さです」

毎日がとても充実していたというその仕事を辞めて活動の場を日本に移したのは、「日本にワイン文化を伝えていく」という新たな目標が見えたからだ。きっかけは、2007年頃に韓国で起こった高級ワインブームだった。個人のワイン愛好家が当たり前のようにオークションでワインを競り落とすのを見て、日本でも多くの人が適正な価格でワインを手に入れられるようになってほしい、そしてワインの素晴らしさをもっと多くの日本人に知ってほしいと考えるようになった。

「ワインの文化は日本人の生活やビジネスの中にもっと根づいていいはず。そう思いました」

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