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医師/医学博士/脳科学者/株式会社脳の学校 代表取締役

加藤 俊徳

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人間にとって未知の領域であり、それ故に常に関心の対象であり続けている「脳」。その脳の個性や成長の度合いを可視化する技術を独自に開発したのが、医学博士の加藤俊徳氏である。これまでの研究から、人間の脳は死ぬまで成長し続けると確信しているという加藤氏に、自身の研究と脳の可能性について語ってもらった。

※本記事は2019年12月に掲載されたものです

脳を鍛えればもっと成長できる

加藤俊徳(かとう・としのり)プロフィール

医師/医学博士/脳科学者/株式会社脳の学校 代表取締役 1961年新潟県生まれ。昭和大学客員教授。91年、脳機能計測「fNIRS法」を発見。世界700カ所以上で脳研究に使用され、高速道路走行中の脳計測にも成功した。さらにMRI脳機能ネットワーク画像法を開発。95年から2001年まで米国ミネソタ大学放射線科MR研究センターでアルツハイマー病や脳画像の研究に従事。06年、株式会社脳の学校を創業。13年、加藤プラチナクリニックを開設。MRI脳画像診断で得意、不得意などの個性を鑑定し診断・治療を行う。『脳の強化書』(あさ出版)、『50歳を超えても脳が若返る生き方』(講談社+α新書)他、著書多数。

※黒字= 加藤俊徳 氏

──最初に脳に興味を持ったきっかけについてお聞かせください。

僕はあまり勉強ができない子どもだったものですから、せめて運動の方は一番になりたいと考えて、体を徹底的に鍛えて、バスケットボール、柔道、陸上などのスポーツに打ち込みました。故郷の新潟県の陸上大会で優勝したのは中学3年生、14歳の時です。

今でも鮮やかに覚えていますが、100m走の練習をしている時に、はっと気づいたことがありました。体は鍛えてきたけれど、脳を鍛えることをしてこなかった。脳を鍛えれば、もっともっと成長できるのではないか──。

それから僕は脳のことを考え続け、大学の医学部に入って脳を鍛える技術を身につけたいと思うようになりました。2浪の末に医学部に入ることはできたのですが、医学部では僕が求めていることを教えてくれる人は誰もいませんでした。医学の目的は、脳の病気を治すことであって、健康な脳をさらに成長させることではない。そのことを、僕は医学部に入ってから知ったわけです。

──脳を鍛える方法は、独自に研究する他なかったのですね。

加藤俊徳氏

そういうことです。大きなブレークスルーになったのは、大学を卒業して小児科医として勤務した病院でMRI(磁気共鳴画像法)の装置を初めて見たことでした。ご存じの通り、MRIは磁場と電波を利用して生体の内部を画像化する技術です。「これがあれば脳の中身が見られる」と思い、それからは毎年1人で国際学会で論文発表するなどしてMRIの研究を独自に進めました。

それが実を結んだのが、1991年に僕が実験的に証明した「fNIRS(エフニルス)法」です。これは頭皮上に光を当て、脳内に光を散乱、拡散させ、そこで生じる血液反応によって脳の内部を画像化する方法です。この方法は現在、世界700カ所以上の研究機関で利用されています。さらに同じ年には、MRIで脳内のネットワークの活動を画像化する方法を開発しました。この技術は、後に「脳の枝ぶり画像法」に発展して、脳の個性を画像化できるようになりました。

さらにもう一つ、これは後年の発明になりますが、頭皮上から酸素の動きを計測するCOE(脳酸素交換機能マッピング)という技術も開発しています。MRIで脳の内部の形から一人ひとりの脳の個性を診断して治療する。COEで脳内の酸素の使われ方を明らかにする。大きくはこの2つの方法によって脳の働きを可視化するのが研究の柱です。ちなみにCOEは、頭皮上から酸素分子(3.46×10-10m)の動きを検出しているのです。

チャレンジする人を脳は決して見捨てない

脳の学校

──それらの研究から見えてきたのはどのようなことなのでしょうか。

脳は死ぬまで成長し続けるポテンシャルを持っているということです。一般には、40代から50代を過ぎれば、もう脳は成長しないと思われています。しかし、トレーニングを続けることで、脳はどんどん成長していくのです。

これまで僕は1万人以上の人の脳をMRIで見てきました。その中には、タレントの黒柳徹子さん、アナウンサーの古舘伊知郎さん、青山学院大学陸上競技部監督の原晋さん、予備校講師の林修さんなどもいます。その結果、脳画像を見れば、その人の個性や弱点などが明らかになるし、訓練によってその個性を伸ばしたり、弱点を克服したりすることができることも分かりました。

個性や弱点が分かるのは、「脳番地」という考え方によります。僕は脳の機能を大まかに、思考系、感情系、伝達系、運動系、理解系、聴覚系、視覚系、記憶系という8つの「脳番地」に分類しました。そのそれぞれの脳番地のどこが活発に働いていて、どこがそうではないかをMRIで見ることによって、その人の特性が分かるのです。

また、「脳の枝ぶり画像」を見れば、その特性がどう変化しているかも分かります。ある会社の社長が、脳を活性化させるために80歳になってドラムの練習を始めたところ、脳が成長したことがはっきり認められました。

脳の学校

──「脳の枝ぶり画像」とは。

特殊な方法で撮影すると、活発に使われている脳の番地が黒い枝のように映って、脳を樹木のような画像で表現できるのです。それが、僕が開発した「脳の枝ぶり画像法」です。これによって、脳の成長を可視化することができるわけです。

──脳を成長させるコツとはどのようなものなのでしょうか。

ごく単純にいえば、脳は使い続ければ衰えません。脳を使い続ける最良の方法は、常に新しいことにチャレンジすることです。それによって脳は活発になり、成長します。

現在の自分が50代だとすると、それまでの五十数年の経験によってその人の脳は形成されています。チャレンジすることをやめれば脳はそこで成長を止めてしまいますが、新しいことを始めれば、脳は成長し、自分の知らない自分を発見させてくれます。そのポテンシャルが人間の脳にはあるのです。

だから一番まずいのは、例えば会社を定年になった後で、ずっと家でゴロゴロしていたり、テレビを見るだけの生活を続けたりすることです。長年、会社で働いてきた人の脳は「会社脳」になっています。定年後何もしなければ、脳はそこから衰える一方です。しかし、会社員時代にはできなかったことにチャレンジすることによって、「会社脳」を新しい脳に生まれ変わらせることができるのです。

脳はチャレンジする人を決して見捨てません。自分を見捨てるのは自分自身です。諦めてしまうのは自分自身です。人は小さな頃から、大人になれば成長は止まると教えられ、刷り込まれています。だから、40代、50代からの成長はないと思い込んでいるのですが、脳から見ればそれは誤った考え方です。日本全国の地図を初めて作った伊能忠敬が測量を始めたのは55歳です。葛飾北斎が代表作「冨嶽三十六景」を描き上げたのは73歳です。これらの偉人たちの脳は、本人のチャレンジに見事に応えたといえるでしょう。

脳はいい意味で僕たちを裏切ってくれます。「自分はこんなもの」と思っていても、それ以上の可能性を示してくれます。今まで見たことのない自分を見たいという欲求。それを持つことが何よりも大事なのです。

社会の構造を人間の脳に合わせていく

脳の学校

──代表を務められている「脳の学校」の活動についてもお聞かせください。

「脳の学校」が掲げている理念は、「産地直送の脳科学」です。大学や学術団体に属し、研究の結果を論文にし、それが評価されればメディアに取り上げられ、研究の成果が世に広まっていく──。そのようなスピードでは、これからの時代にはもはやついていけないと僕は考えています。自ら社会や他の企業と接点を持ち、新しい発見を書籍や講演などの形で直接かつスピーディーに世の中に発信していくことが、これからの時代の研究の在り方です。そのような研究活動や情報発信のプロモートを行うのが「脳の学校」です。

──脳にはまだまだ探究の予知があるのでしょうか。

もちろんです。脳に関する根本的なことはまだ何も分かっていません。脳内を行き交う情報の実体とは何なのか。電気活動は存在しているが、その活動は何を伝えているのか──。そういう本質的なことが明らかになっていないのです。

──自身の脳の研究をどう社会に役立てたいと考えていますか。

現在の知見を認知症の予防などに活用していくことが一つです。さらに今後は、「脳の成長は可視化できる」ということをもっと世の中に広めていきたいと考えています。

加藤俊徳氏

また、発達障害に関係する「海馬回旋遅滞症」を発見しましたので、MRIで発達障害を診断して治療する基礎をつくりたいと思います。

MRIを使えば、現在の自分の脳の状態を把握することができます。その後、脳を成長させるトレーニングに取り組み、再度MRIで確認すれば、脳の変化を如実に捉えることができます。

人は脳のポテンシャルの1%程度しか使っていないと考えています。脳に潜在している能力をトレーニングによって目覚めさせ、自分の未来のストーリーを自らつくっていく。これはすなわち、自分自身で脳をデザインするということです。

さらに、脳の構造が可視化されることによって、脳科学ベースの社会をつくっていくこともできると僕は考えています。これまで人類は、様々な試行錯誤を繰り返して社会の構造をつくり、それに自分たちの生活を合わせてきました。しかし、人間の脳の仕組みを可視化できるようになったことで、逆に人間の脳が心地よいと感じる社会をつくることが不可能ではなくなりました。それはより人間的で、人々が生き生きと活動できる社会であるはずです。僕が現在取り組んでいるのは、そのための基礎づくりであると考えています。

──著書などで、人生は50歳から再び始まるとおっしゃっています。これからの人生でやるべきことは山ほどありそうですね。

そう思います。僕は今58歳ですが、ここまでは脳研究の助走です。今までやってきたこと以上に今後やるべきことはたくさんあるし、助走からジャンプできると思っています。脳の可能性への理解を世界中に広げ、人生100年時代を充実させて生きていく方法を多くの人に伝える。そんな活動をこれからも続けていきたいですね。

加藤俊徳氏
〈取材後記〉

株式会社脳の学校の経営者であり、加藤プラチナクリニックの院長でもある加藤先生。東京・白金台に2つあるオフィスのうちの第二オフィスで取材をさせていただきました。「人生100年時代」と言われていますが、「心身が衰える中で100歳まで幸せに生きられるのだろうか」という不安を持っている人も少なくないと思います。しかし、加藤先生の話を伺って、身体は衰えても、脳の成長にリミットはないということがよく分かりました。長寿社会の希望となる研究をこれからも続けていってください。

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