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SEQSENSE株式会社 代表取締役CEO

中村 壮一郎

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映画『スター・ウォーズ』に登場する「R2-D2」を彷彿とさせる自律移動型ロボットを開発し、警備分野での実用化を進めているのがベンチャー企業SEQSENSEである。金融業界を経てSEQSENSE(シークセンス)を設立した中村壮一郎氏が考えるロボティクステクノロジーの未来とは──。

※本記事は2020年7月に掲載されたものです

社会に生じる凹みを埋めなければならない

中村壮一郎(なかむら・そういちろう)プロフィール

SEQSENSE株式会社 代表取締役CEO
京都大学法学部卒。大学時代はアメリカンフットボール部で主将を務める。卒業後、東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。シティグループ証券を経て、2012年に独立。ベンチャー企業の財務や経営に携わる。16年10月、SEQSENSE株式会社を設立し代表取締役に就任。

──「自律移動型ロボット」とはどのようなロボットなのですか。

空間のマップをあらかじめインプットしておけば、障害物などを感知しながら自ら移動していくことができる。それが自律移動型ロボットです。「3D-LiDAR」というレーザーセンサーを使って、空間を立体的に把握し、自分が空間内のどこにいるかを推定できるのがこのロボットの大きな特長です。

──警備分野に注力する理由をお聞かせください。

日本の人口は40年後に1億人を切り、生産年齢人口は4000万人台と今の6割くらいまで減少します。明治時代の人口とほぼ同じ水準になるということです。しかし、明治時代は高齢者1人に対し働き手が11人いたのに対し、40年後の日本は高齢者1人を1.3人の働き手で支えなければなりません。

僕たちが暮らす世界は今後大きく変わっていくことになります。テクノロジーの役割は、その変化を可能な限り小さくすることにある。そう僕たちは考えています。僕たちの会社が「世界を変えない」ことをミッションに掲げているのもそのためです。人口減によって社会が大きく凹んでしまうところを埋めて平らにし、今と同じように歩けるようにする。現在と同じ生活が40年後にも50年後にも送れるようにする。そのためにテクノロジーを活用するということです。

なぜ警備かといえば、人口減によって最も凹んでしまう分野の一つが警備だからです。東京都では警備員の有効求人倍率が20倍を超えています。最近では、警備員不足でイベントが中止になるケースも少なくありません。もしロボットを警備に使うことができれば、その凹みを埋めることができます。

警備分野に注目したもう一つの理由は、単純な巡回警備であれば、現在のロボット技術でも十分に対応可能だからです。ロボットは万能ではないので、できることとできないことがありますが、定型的な単純労働はロボットを使うのに最も適した分野の一つです。

社会に生じる凹みを埋めなければならない

──ロボットによる巡回警備の具体的なイメージを教えてください。

警備対象となるオフィスビルのマップをロボットに覚えさせ、重要な警備ポイントを指示します。そうするとロボットはオフィス内を自律走行し、搭載されたカメラでポイントごとの写真を撮影して、クラウドにアップします。360度のストリーミング映像を見ることも可能です。

──画像や映像は人間がチェックするのですか。

AIが自動判定する仕組みも今後搭載していく予定ですが、最初は人間が確認してもいいと考えています。ロボットにすべてを担わせるモデルを最初からめざす必要はありません。「ロボット+オフィス環境+人間」の合計で100点になればいいわけです。今後ロボットが進化し、オフィス環境が変わっていけば、人間の仕事も徐々に減っていくでしょう。そこは段階的に進めていくべきだと思います。

──走行速度はどのくらいなのですか。

モーターの調整でいかようにも設定できますが、警備用途ではそれほどの速度は求められないので、人間が歩く速さくらいに設定しています。速度が遅く、かつ重心が低いので倒れる心配はありません。周囲の人やモノに危害を加えることのない安全性の高いロボットといえます。

──人との共存や協業も可能なロボットというわけですね。フロアを移動することもできるのですか。

エレベーターと連動してフロア間を移動できる仕組みを現在構築中です。センサリングとクラウドの組み合わせによって人と同じようにエレベーターで昇降して、複数階を巡回できるようにします。

様々な技術とビジネスをインテグレートするモデル

──会社設立以前は金融業界にいたそうですね。

大学卒業後に日本のメガバンクに就職して、その後外資系金融機関に転職しました。全く英語はできなかったのですが、何を間違ったかニューヨーク勤務になったりして、それなりにエキサイティングで楽しい仕事でした。給料もすごく良かったですね。

──なぜ辞めたのですか。

金融の世界ですから、いくら稼いだかがすべてで、それ以外の視点がないことが次第に息苦しくなってきました。僕はもともと本質的な「あるべき論」を考えたり語ったりすることが好きなのですが、そういう話ができる雰囲気は全くありませんでした。組織を離れて個として何ができるかを試したい。そんな気持ちもあって、特にビジョンもなく辞めてしまいました。

──起業したいという思いはあったのですか。

全くありませんでした(笑)。今の会社を一緒に創業した黒田洋司(明治大学教授)とたまたま出会い、素晴らしい技術があることを知って、ビジネス面でサポートができるかもしれないと考えたことが起業につながっています。

──優れた技術とビジネスの両輪があることがSEQSENSEの強みといえそうですね。

そう思います。ロボットに関するビジネスを手がける場合、ソフトウェアかハードウェアのどちらかというケースが一般には多いと思うのですが、僕たちはソフトとハードだけでなく、クラウドやWEB、AIなどをすべて自社内でインテグレートし、さらにビジネスの戦略やお客様とのリレーションシップを含めた一気通貫のモデルをつくっています。このモデルの強みは、お客様のニーズを聞きながら、プロダクトの改善や新しい技術の開発を自社内でスピーディーに行うことができる点にあります。

──社内のチームは、エンジニア班とビジネス班に分かれているのですか。

そうです。現在社員は30人ほどいますが、うち二十数人がエンジニアです。技術面での判断は基本的にすべてエンジニア班に委ね、チーム間でコミュニケーションを取りながらビジネスを進めていく。そんな体制をつくっています。

──現在のビジネス戦略とはどのようなものですか。

2019年8月に第1弾の実用機が稼働して、ようやくスタートラインに立ったところです。まずは、東京の丸の内、大手町、有楽町エリアのオフィスビルで実績を積んで、ロボット警備のモデルを確立していきたいと考えています。

重要なのは、ビル警備に関するデータを収集・蓄積していくことです。ロボットが稼働すればするほどデータが集まり、従来の警備体制の無駄な部分や、より注力すべき部分が可視化されることになります。それによって警備の在り方自体を見直し、ビル警備の質を向上させることが可能になります。最初はミニマムな活用から入って、データやお客様の声を踏まえながら、警備の仕組み全体を最適化し、ロボット活用を進化させていく。めざしているのはそんなモデルです。

「夢のような未来」を創ることに興味はない

「夢のような未来」を創ることに興味はない

──ベンチャー企業の経営者というポジションの居心地はいかがですか。

「経営者」という言葉には全くしっくりきませんが、組織のトップに立ってどの方向に進んでいくかを考えるのは嫌いではありません。自分は「あるべき論」を考え、細かなところはすべて社員に任せる。そんなスタイルでこれからもやっていければいいと思っています。

──今後のビジョンをお聞かせください。

とにかくミッションドリブンでいくことだと思っています。人口減によって生じる社会課題をテクノロジーの力で解決していくことが僕たちのミッションだと考えているので、そこは一切ぶらさずに貫いていきます。ただし、ミッションを実現するための方法は多様であっていいと思います。当面はインテグレーションモデルでビジネスを進めていきますが、ゆくゆくはソフトウェアだけを提供するモデルもあり得ます。すべてをハンズオンで進めなければならないとは考えていません。

──課題解決のために最良の方法を選択するということですね。警備分野以外へのビジネスの拡大は視野に入っているのですか。

自律移動型ロボットの技術はもともと汎用的なものですから、製造業や農業など、様々な領域での活用が可能だと考えています。しかし、現在は1つの領域に注力すべき時期です。警備分野で実績をつくること。まずはそこに集中していきます。

──ロボット技術で人口減に伴う課題は解決できそうですか。

それは分かりませんが、チャレンジしなければ何も始まりません。国の規模が小さくなったっていいじゃないか。縮小均衡でいいじゃないか──。そう言う人もいますが、国の規模が小さくなるということは、GDPが減っていくということであり、膨大に膨れ上がった社会保障費を支えられなくなるということです。そのしわ寄せがいくのは、子どもや社会的に弱い立場の人たちです。国が豊かでないと、子どもや弱い立場の人たちを守ることはできない。そう僕は考えています。ロボットで夢のような未来を創ることに僕は興味はありません。今の世界を変えないこと。そのためにテクノロジーの力を活用すること。それがすべてだと思っています。

中村壮一郎氏
〈取材後記〉

東京・原宿にあるSEQSENSEのオフィス兼工房でお話を伺いました。大学時代はアメリカンフットボール部の主将、現在も都内の大学のアメフト部のヘッドコーチを務めているという中村さん。Tシャツが似合うスポーツマンらしいがっちりした体がとても印象的でした。野心的な経営者が多いベンチャー企業界にあって、ただ自分たちができること、やるべきことを地道にやり続けるだけと話す中村さんは、異色の経営者と言っていいと思います。「経営者」という言葉自体になじめないと語る中村さんの実直さが、多くの優秀なエンジニアをまとめているのだと感じました。「ロボットで社会課題を解決する」という道をこれからも真っすぐに歩いていっていただきたいと思います。

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