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ベータ・ジャパン合同会社 カントリーマネージャー

北川 卓司

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小売業の不調が伝えられる中、アメリカで大きな成功を収めている新しいスタイルの小売店舗が日本に上陸した。その名は「b8ta(ベータ)」。リテールの常識を覆す「商品の販売自体を目的にしない」というコンセプトを掲げたb8taがめざすものとは何か。東京・有楽町と新宿に店舗を構えるb8taの日本におけるトップ、北川卓司氏に話を聞いた。

※本記事は2021年2月に掲載されたものです

リテールを通じて人々に発見をもたらす

北川卓司(きたがわ・たくじ)プロフィール

2004年にPR会社入社。IRコンサルティング会社、オーストリアのカメラメーカー「ロモグラフィー」の日本支社CEOを経て、フランスのEMリヨン経営大学院でMBAを取得。15年、ダイソンにリテールマネージャーとして入社し、世界初の旗艦店を東京・表参道にオープンする。同社東京統括部長を経て、19年11月からベータ・ジャパン合同会社のカントリーマネージャーに就任。

※黒字= 北川卓司 氏

──あらためて、b8taの成り立ちやビジネスモデルについてご説明いただけますか。

b8taが米サンフランシスコで創業し、第1号店をシリコンバレーにオープンしたのが2015年です。その後アメリカで23店舗、ドバイで1店舗を出店しています。アジア初の出店となる有楽町と新宿の店舗は2020年8月にオープンしました。「リテールを通じて人々に新たな発見をもたらす」というのがb8taのミッションで、ビジネスモデルを「リテール・アズ・ア・サービス(RaaS)」と表現しています。RaaSとは、店舗内の区画利用をサブスクリプションで提供するモデルを意味します。月額30万円の定額で区画を利用して、新商品のテストマーケティング、いわゆるベータテストができる。それが商品の出品者の大きなメリットで、店名の由来でもあります。一方、来店するお客様は、様々なカテゴリーの新商品を体験し、それまで知らなかった価値を発見できます。それがミッションに込められた意味です。出品者はまた、私たちが「ベータテスター」と呼んでいる店舗スタッフによる来店客への説明や、来店客の店舗内の行動データの提供といったサービスをまとめて利用できます。

──「販売自体を目的にはしていない」そうですね。これはどういうことなのでしょうか。

そこが一般的な小売店との最大の違いといえます。お客様はb8ta店舗で商品を買うこともできるし、店舗で商品を体験した上で、オンラインショップやほかの店で買っていただいてもかまいません。あくまでも商品を体験していただき、新たな発見を提供することがb8taのミッションだからです。商品が店舗で売れた場合でも、売り上げは100%出品者にバックします。マージンは一切いただきません。また、ベータテスターの成果指標にも、売り上げや販売数は入っていません。

北川卓司氏

──売り上げや販売数が成果指標ではないとすると、ベータテスターの皆さんは何を仕事のモチベーションとしているのでしょうか。

必ずしも売らなくてもいいということは、純粋に接客や商品説明の質を高めることだけに集中できるということです。それによって、お客様に笑顔で帰っていただき、場合によってはSNSでお褒めの言葉をいただく。それが何よりもモチベーションになっていると思います。

──どのようなカテゴリーの出品が多いのですか。

アメリカではガジェットと呼ばれる小型の電子機器やIoTツールが多数ですが、日本ではそのような製品は4割程度で、ライフスタイルグッズ、ファッショングッズ、食品などカテゴリーは幅広く、出品者もスタートアップ企業から大手メーカーまで多様です。大手企業が新規事業で開発した新製品を出品したり、スタートアップとのコラボレーションで開発した商品をテストするために出品したりするケースも多いですね。売り場がカテゴリーごとに明確に分かれている量販店などと違って、さまざまな商品が同じ空間に混在しているので、従来はリーチできなかった顧客層との接点が生まれるのがb8taの大きな特徴の一つです。

──来店客の行動データとはどのようなものなのですか。

まず、入り口の天井に設置したカメラで来店された方の性別や年齢などのデモグラフィック情報を獲得します。さらに店内各所に設置したカメラでお客様の動線や区画で立ち止まった時間などを把握します。もちろん、データを取得させていただいている旨は、店内に説明文を掲示して、お客様にお伝えしています。
そのような定量的行動データだけではなく、ベータテスターがお客様からお聞きした声などの定性データもあります。例えば、出品者の関心ごとが「製品の色や形によって消費者の反応はどう変わるか」というところにあったとします。しかし、実際にお客様と話してみると、実は「重さ」が重要であることがわかったりすることがあります。そのような生の声もすべて出品者にご提供しています。

新しい小売りのスタイルを日本に広めたい

新しい小売りのスタイルを日本に広めたい

──もとはPRやIRの仕事をしていたそうですね。

はい。PR会社、IRコンサルティング会社を経て小売業界に初めて関わったのは海外製カメラの販売でした。そこで小売りや卸の仕組みを学びました。PRやIRのビジネスで提供するのは形のないサービスですが、小売りで取り扱うのは実際に触れることができるもの、手触りを感じることができるものです。その面白さにも気づかせてもらいましたね。

──b8taと出合ったのはいつ頃だったのですか。

2016年頃に米本社の創業者との共通の知り合いを通じてb8taのビジネスを知りました。具体的なアプローチをいただいたのは2019年の夏でしたね。日本に進出するにあたって日本法人のトップをやってもらえないか、と。その後b8ta社内のずいぶんいろいろな人と話をしましたが、今考えれば、あれはすべて面接だったのでしょうね(笑)。

──コロナショック下での開店となりました。苦労もあったのではないでしょうか。

もちろんたくさんありました。当初は、東京五輪大会開催前の6月に開店するという目標を立てていました。大会中止でその目標はなくなってしまったのですが、出品者はほぼ決まっていましたし、本国との契約もあったので、何とかオープンにこぎ着ける必要がありました。正直、ソーシャルディスタンシングが求められている中で実店舗をオープンすることには多少の迷いもありましたが、幸い出品者の皆様の多くはオープンを支持してくださいました。困難な状況下でオープンしたことで、社会的な注目を集めることもできました。予想以上に順調なスタートを切ることができたと思っています。

実店舗の価値は決してなくならない

実店舗の価値は決してなくならない

──コロナショック以前から、小売業の不調が伝えられていました。

特に百貨店などの売り上げが伸び悩んでいると言われています。ECに客を取られているという見方もありましたが、それだけの問題ではないと私は感じていました。実店舗に魅力があれば、人は足を運びたいと思うものです。

──リアル店舗に魅力がなくなっているのが最大の問題であると。

もちろん、それだけではないと思います。あらゆる小売業にとって、オンラインのチャネルは無視できないものになっています。オフラインとオンラインをシームレスにつないで、顧客との接点をつくっていく必要があるのですが、多くの企業ではいまだにオフラインとオンラインの担当部署が違うために、連携がうまく取れないという話をよく耳にします。オフとオンでKPIを統一するなど、トータルな戦略を立てることによって、売り上げを伸ばしていくことは可能だと思います。

──D2Cのような新しい小売りのモデルが日本でも広まりつつありますね。

D2Cは顧客との直接の対話を重視するビジネスモデルです。アメリカで生まれ、オンラインからスタートし、顧客基盤がある程度できてから実店舗を構えるというのが基本的な流れになっています。
D2Cブランドの大きな特徴は、ミッションやビジョンを非常に重視する点です。多くのD2C企業が直営店舗を構えようとするのは、そのミッションやビジョンを正確に顧客に伝えたいと考えているからです。

──ブランド側でイメージをコントロールしたいと考えているわけですね。

そうです。様々な競合商品が集まる百貨店や量販店では、価格やスペックの訴求が主眼となるので、ブランドイメージをしっかり訴求することが難しくなります。b8taがD2Cブランドと相性がいいのは、ブランド側が訴求したいイメージを一切損なうことなく商品を出品できるからです。商品の出品まで契約後だいたい4週間の時間をいただいていますが、そのうち2週間は、出品されるブランドの世界観やストーリーをベータテスターが学ぶ時間に充てています。現場スタッフがブランドを深く理解した上で、お客様とコミュニケーションを取る。そんなシステムになっているわけです。

──コロナショックが続く中、小売業界は今後どう変わっていくと思われますか。

自粛生活の中で、オンラインショッピングをする人が増えました。今後は、店舗のショールーム化が進むのではないかと私は考えています。店舗で商品を体験し、購買自体はオンラインで行う。そんな消費行動が広がっていくのではないでしょうか。
オンラインショッピングの利用者が増えても、実店舗での商品体験を求める人は決して減らないと私は考えています。b8ta Tokyo-Yurakuchoには、想定していたビジネスパーソンだけでなく、家族やカップルで訪れるお客様が少なくありません。ふらっと立ち寄って、商品を眺めたり、触れたりすることを楽しむ。そんなふうに店舗を利用しているわけです。商品の売り手にとっても、消費者にとっても、実店舗の価値はなくならないと思います。

──最後に、困難な中で前向きになる秘訣をお聞かせいただけますか。

新しいこと、面白いことをやり続けることではないでしょうか。そうすれば、おのずと前を向けると思います。例えば、現在私は、b8taで使っている顧客行動データ取得のシステムを広く提供していくプランを練っています。それによって、店舗や様々な空間をいわば「b8ta化」することができます。そうやって小売業の発展に寄与することが私たち自身のビジネスの成長につながるし、新しいことにチャレンジすることで私自身も前向きに生きていくことができる。そんなふうに思っています。

北川卓司氏
〈取材後記〉

JR有楽町駅近くにあるb8ta Tokyo-Yurakuchoにてインタビューと撮影をさせていただきました。道路に面したビル1階にあるガラス張りの明るい店舗の中に、商品とその情報を説明するタブレットがずらりと並ぶ風景を見ながら北川さんの話を伺いました。スマートで魅力的な商品が陳列されている空間の中を歩くのはそれ自体がとても楽しく、「体験」と「発見」を提供しているという北川さんの言葉の意味がよくわかりました。新しい小売りのスタイルとして、今後ますます注目を集めていきそうです。

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