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【挑む人】第39回 株式会社ジーンクエスト 代表取締役 高橋祥子「研究とビジネスを両輪とするモデルで遺伝子解析に挑む」

誰もが生まれながらに持っている遺伝子情報。それを可視化するサービスを提供するジーンクエストを率いているのが高橋祥子氏だ。自らの遺伝子情報を知ることによって、私たちの生き方や日々の生活はどのように変わるのだろうか。25歳で起業し、生命科学とビジネスを融合させた画期的モデルをつくった高橋氏に話を聞いた。

※本記事は2021年10月に掲載されたものです

ビジネスの力で研究を加速させる

高橋祥子(たかはし・しょうこ)プロフィール

1988年大阪府生まれ。2010年、京都大学農学部卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中の13年6月にジーンクエストを起業する。18年4月からグループ会社ユーグレナの執行役員バイオインフォマティクス事業担当に就任。著書に『ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ビジネスと人生の「見え方」が一変する生命科学的思考』(NewsPicksパブリッシング)がある。

自分の遺伝子情報を知ることは、配られた「手札」の中身を見るようなもの──。日本初の個人向け大規模遺伝子解析サービスを提供するジーンクエストの代表取締役、高橋祥子氏はそう話す。「手札」に書かれた自分の体質や病気のリスクを知ることによって、人はより良く生きることができるようになるのだと。

生物が持つ遺伝情報の総体をゲノムと呼ぶ。ヒトゲノム、すなわち人間のゲノムが完全に解読されたのは、2003年のことだった。遺伝情報を担うDNAの配列を「塩基配列」というが、ヒトゲノムの解析によって人間にはおよそ32億に及ぶ塩基配列があることが明らかになった。それから現在までの間に、その配列と病気になる可能性などの関係の研究、いわばゲノムの「意味づけ」が日進月歩の勢いで進んできた。

「2003年から今日までの間に大きく変わったのは、遺伝子解析コストが劇的に下がったことです。コンピューターの解析能力が大幅に向上したことと、測定機器が発達したことがその理由です」

高橋氏はそう説明する。ジーンクエストが3万円程度の低価格で遺伝子解析サービスを提供できるのは、そのようなテクノロジーの恩恵があるからだ。「遺伝子解析は、いずれ間違いなく健康診断のようなカジュアルなものになると思います」と高橋氏は言う。

つらいと感じるのはかなえたいことがあるから

つらいと感じるのはかなえたいことがあるから

祖父も父も叔父も医師という医者一族に生まれた。自身も医師になる選択肢もあったが、興味があったのはむしろ「人はなぜ病気になるのか」「病気になるのを未然に防ぐことはできないか」といったテーマだった。そのテーマを追求するために大学で分子生物学を専攻し、遺伝子解析の研究と出合った。

ジーンクエストを立ち上げたのは、大学院博士課程に在籍していた25歳の時だ。研究からビジネスの世界への転身?そうではない。

「遺伝子解析の研究成果をサービスとして提供し、その結果データが蓄積されていけば、研究はさらに進んでいきます。研究の成果を社会実装し、同時に研究を加速させる仕組みとして論理的に最も優れた方法がビジネスだったわけです」

このモデルによって、全国の研究機関や企業などとの共同研究が進み、データも一気に増えていった。まさに、「ビジネスで研究を加速させる」ことに成功したということだ。

もっとも、会社の経営は決して順風満帆ではなかった。

「企業に就職したこともなかったので、すべてを一から勉強しなければなりませんでした。初めはスタッフの数も少なくて、サービス設計から経理、財務、採用、広報、マネジメントと、あらゆる仕事をこなしました」

役職はCEO(チーフ・エグゼクティブ・オフィサー)だったが、実態は「チーフ・エブリシング・オフィサー」だった、と笑う。遺伝子解析サービスに対する批判も当初は少なくなかった。遺伝子のような究極の個人情報の取り扱いでお金もうけをしていいのか──。例えばそんな批判だ。

「かなり攻撃的な批判もあって、くじけそうになったこともあります。そういう時に私が考えたのは、“つらさ”と“かなえたいこと”は表裏一体ということでした。つらいということは、絶対に実現したいことがあるということ。実現しなくてもいいと思っている人は、つらさなど感じないはず。かなえたいことがあるなら、苦しいのは当たり前──。そんなふうに冷静に考えることで、大変な時期を乗り越えることができました」

高橋祥子氏

ゲノムの「意味づけ」が進んだことで、米国では数年以内にゲノム編集で病気を治す技術が実用化する可能性があるという。ゲノム編集とは、生体が持つ塩基配列を人為的に変えることを意味する。これによって病気を治療したり、病気の発症を抑えたりすることができる可能性がある。また、ゲノム編集を施さなくても、個々人の遺伝子情報が分かれば、それに合わせて最適な治療や予防を行うことが可能になる。

「例えば、遺伝子情報からガンのリスクを知ることができれば、生活習慣を工夫することでガンの発症を抑えることができます。医療以外にも、自分のアルコール耐性を知ることで適度な飲酒を心がけることができるし、より太りにくい食生活を実現することも可能です。医療、食事、運動、睡眠、ストレス、美容など、ヘルスケアに関わるあらゆる領域に遺伝子情報は役に立つと言っていいと思います」

多くの人が自分の遺伝子の傾向に合わせて生活習慣を組み立て、病気になるリスクを軽減できれば、国全体の健康寿命が延びていくことになる。国際的な科学学術誌によれば、国民の平均健康寿命が1年延びるだけで、4000兆円もの経済効果が期待できるという。

しばしば誤解されるが、ゲノム編集と遺伝子組み換えは似て非なるものである。遺伝子組み換えとは、その生物がもともと保有していない遺伝子を他の生物から組み入れることを意味する。例えば、青いバラは青い色素の遺伝子を持たないバラにパンジーの遺伝子を組み込むことで実現したものだ。それに対し、ゲノム編集はもともとその個体が持っている1つの塩基配列を変える作業である。

「遺伝子組み換えによる変化は、自然状態ではなかなか起こり得ないものですが、ゲノム編集による変化は自然に起こる可能性があるし、編集後の変化を高い確率で予測できます」

とはいえ、遺伝子組み換えが「不自然で危険なもの」というわけではない。遺伝子組み換え食品に対する拒否感が少なくないのは、「科学コミュニケーションの完全な失敗」であると高橋氏は言う。

「現在販売されている遺伝子組み換え食品は、リスク検証をクリアしたもので、食べることで人体に害が及ぶ可能性はありません。遺伝子組み換えとは何か。ゲノム編集とは何か。その効用とは何か──。サイエンスに関わる私たちが、そのことをもっとしっかり世の中に伝えていかなければならないと思っています」

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