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MAGO CREATION株式会社 代表取締役美術家

長坂 真護

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廃棄物に埋まったスラム街、アグボグブロシーには世界の矛盾が凝縮されている。その矛盾は寄付や慈善では解消できない。サステナブル・キャピタリズムによってスラム街が変わろうとしている。

※本記事は2022年6月に掲載されたものです

現地の社会に溶け込んでコミュニティのチーフに

長坂真護(ながさか・まご)プロフィール

1984年生まれ。2017年に世界最大級の電子機器の墓場といわれるガーナのアグボグブロシーを訪れ、衝撃を受ける。先進国の生活は、こうした犠牲の上に成り立っていることを伝えようと決意。アートを通じた「サステナブル・キャピタリズム」を提唱し、スラム街に学校や文化施設を設立した。

※黒字= 長坂真護 氏

──世界に様々な国がある中で、ガーナに行った理由をお聞かせください。

2016年、たまたま手に取った雑誌のコラムを見て、心に激震が走りました。先進国が発展すればするほど、貧困国の問題が深刻化するという記事で、フィリピンのスラム街が取り上げられていたのです。

帰宅してネットで調べると、さらに悲惨な状況として、電子機器の墓場といわれるガーナのアグボグブロシーを見つけました。これは、自分の目で確かめないといけないと思い、翌年単身ガーナを訪れたのです。

──アグボグブロシーはどのようなところなのでしょうか。

首都アクラの空港から車で30分ほどで、現地の人も行きたがらない場所です。住民は広大な廃棄物集積場にある掘っ立て小屋で生活しています。衛生状態は劣悪で、男性の多くは、先進国からもたらされた電子機器の廃棄物を燃やして銅を取り出し、それを売って日銭を得ています。

橋を渡ってアグボグブロシーに入ると、あちこちから有毒な黒煙が立ちのぼるのが見え、プラスチックの燃える臭いが立ち込めています。金属をスクラップにするカンカンカンという音が響き、玉ねぎが腐ったような臭いもします。そんな場所で、住民はマスクなしで生活しているのです。

私自身は、世界のあちこちで絵を描きながら路上で生活した経験がありますが、この光景には強いショックを受けました。

育成しているアーティストたち
育成しているアーティストたち

──地元の人たちは最初から受け入れてくれたのでしょうか。

最初に訪れた時は、トマトや玉ねぎを投げつけられました。それでも、2回目にガスマスクを200個持参し、3回目に無料の学校を建て、4回目には街にギャラリーや美術館を設立したことで、少しずつ認められるようになりました。今では、アーティストの育成もしています。

現地には16の部族からなるグループがあり、それぞれにチーフがいます。

さらに、全体を束ねる総長がいるのですが、5回目の訪問では、その総長から「おまえは17番目のチーフになれ」とまで言ってもらえました。

2021年12月の6回目の訪問ではその就任式がありました。人々から「チーフ」と呼ばれるようになって、コミュニティ全体からの信頼を得たと感じました。

──なぜ「廃棄された電子部品を使ったアート」を作ったのでしょうか。

使っているのは、現地の人々ですら価値を見いだせない廃棄物です。それを材料に使うことで、先進国の電子ゴミをメッセージとして表現できるのではないかとひらめいたのです。

実は、20代の私は何に対してもやる気が出ない人間でした。絵を描くことにも目的や意味が持てず、誰も救えない事実に葛藤していました。そういう駄目な自分が、ガーナに出合って180度変わりました。

アグボグブロシーのおかげでアーティストになれたのですから、その恩返しをするのは当然のことで、アートで得た収益は現地に還元しているのです。

長坂氏のアトリエにて撮影。車やガスマスクをつけた人形などすべて長坂氏の作品だ
長坂氏のアトリエにて撮影。車やガスマスクをつけた人形などすべて長坂氏の作品だ

──作品に対して、国内外から高い評価を受けていますね。

この2年で、私の作品を展示するMAGOギャラリーが、パリ、ニューヨーク、香港など、一気に12店舗増えました。現代の人々のニーズに、信じられないほどハマったように感じます。

電子機器廃棄物を使ったアートを始めた数年後にSDGsが普及して、人々の意識が大きく変化してきました。私の思いと社会の動きが、たまたまぴったりと合ったのだと思います。

科学と資本主義の力で持続可能な社会を実現

長坂氏が提唱する
「サステナブル・キャピタリズム」の構築

日本に廃棄物を送るためには、廃棄物をきちんと分別・分類する必要があり、そこで雇用を生んでいる。作品の収益は、学校建築などガーナに還元される
日本に廃棄物を送るためには、廃棄物をきちんと分別・分類する必要があり、そこで雇用を生んでいる。
作品の収益は、学校建築などガーナに還元される

──「サステナブル・キャピタリズム」とはどのような考え方なのでしょうか。

環境問題や貧困対策には持続可能な資本主義が重要であると考え、この言葉を使うようになりました。寄付では世の中はよくなりませんし、持続しません。お金を稼いでまわすことで、はじめてサステナブルになります。

サステナブルという言葉に出合ったのは、2015年のパリでのことです。たまたま街で言葉を交わしたのが、オーガニック化粧品の販売会社を経営するアメリカ人で、彼女は製品を売ることで地球に有機農園を増やして無害化をめざすのだというのです。

そんな資本主義があるのかと驚きました。サステナブルという用語がまだ一般化していない頃で、帰国してから「これからサステナブルの時代がくる」と周囲に語ったのですが、 誰も理解してくれません。それならと、2016年1月に自分自身でMAGO CREATIONという会社を設立したのです。

──廃棄電子機器を取り巻く状況について、どうお考えですか。

従来は、先進国の需要と供給に合わせたプロダクトを出して、いかにヒットさせるかに重きが置かれました。これ自体は大事なことで、競争があるからいいものができます。

これまでは製造して販売することで終わりでした。しかしこれからは、使用してから廃棄、再生までのサイクルを前提にしたパッケージを売ることが全世界のメーカーの責務になるでしょう。

種を植えたら、芽が出て葉が出て花が咲いて終わりではなく、実がなって枯れて土に返るまでがデザインだと思うのです。

写真

──環境問題への取り組みがあればお聞かせください。

私は自分のことを環境活動家とは思っていませんが、現代の資本主義が行き過ぎているとは感じます。何億年もかけてできた地球のエネルギーの固まりである石油を無分別に消費し続けたら、そのしわ寄せが出て環境のバランスが崩れるのは当然です。地球温暖化のような環境問題は、地球から出ている最後のシグナルじゃないでしょうか。

地球上で知的生命体は私たち人間しかいません。私たちは、そんな感謝や感動をどこかに置き忘れて突き進んでしまったのではないでしょうか。今は、そこを省みる大きなターニングポイントだと思います。そんな時代だからこそ、私のアートが受け入れられているのかもしれません。

これまで、科学とテクノロジーが融合することで人類は進歩してきました。逆に考えれば、地球をよくする仕組みをつくれるのも、地球で唯一の知的生命体である私たちしかいません。科学の力を駆使して、今こそSDGsにかじを切る時代が来たのだと考えています。

アグボグブロシーをサステナブルタウンに

──サステナブルな世の中のためにできることをお聞かせください。

私が電子機器廃棄物を輸入してアートを制作しているというと、船や飛行機を使っているのだから、CO2を排出しているじゃないかと批判する人がいるかもしれません。しかし、そうではなく、人や企業それぞれが、できることをやればいいのです。

水素エンジンを開発する企業がある一方で、私はサステナブルという概念を広く知らしめるのが自分の役割だと考えています。世界の80億人が得意分野で協業し、切磋琢磨してサステナブルの方向に意識を持っていければ、人類の未来に大きな奇跡が起きると信じています。

「作品はガーナへのラブレター」と語る長坂氏。自分を変えたガーナへの恩返しの気持ちを込めて、2年間で1000作を超えるアートを制作した
「作品はガーナへのラブレター」と語る長坂氏。自分を変えたガーナへの恩返しの気持ちを込めて、2年間で1000作を超えるアートを制作した

──作品を制作する上で、どのようなことを心がけていますか。

一枚一枚、ガーナの貧困地を救うためのラブレターと思いながら描いています。強いメッセージ性のある重い作品もありますが、大半は明るいトーンの作品です。現実が厳しいからといって、お涙ちょうだいは好きではありません。多くの人に買ってもらうためにも、部屋に飾って楽しく観賞できるような明るいトーンの作品をメインにしています。

──今後はどのような目標をお持ちですか。

アグボグブロシーに新しくエシカルな街をつくるのが大きな目標です。彼らが持続的な生活を維持するには、自活できる社会をつくる必要があります。まずは、現地の法律に基づいて1億円を出資するための準備をしています。

当面の目標は、2030年までに100億円を集めて、現地に最先端のリサイクル工場を建設することです。また、貧困をなくすために、農業にも取り組もうと考えています。そのために、日本のバイオテック技術を導入して、コーヒー豆や小麦の収穫量を何倍にもすることをめざしています。

廃棄物に埋まったスラム街を、公害ゼロのサステナブルタウンへと変貌させることができたら、これほど素晴らしいことはありません。

長坂真護氏
〈取材後記〉
東京都心にある長坂真護さんのアトリエを訪問してまず驚いたのが、ガーナから送られてきた電子機器廃棄物の山。用途別に整理されたダンボール箱が所狭しと並べられ、長坂さんによって魂が込められるのを待っているかのようでした。廃棄物問題がテーマと聞いて、もっと肩ひじ張った方かと思っていたのですが、長坂さん自身は物腰も考え方もとても柔軟。そんな人柄を反映してか、根底に重いテーマを秘めながらアートはポップで明るい色調が多く、それが世界で人気を呼んでいる理由だと納得しました。

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