| TOP | この人に学ぶ | 挑む人 | 村木風海 |

【挑む人】第44回 村木風海「火星への憧れがすべての始まり」

「地球を守り、火星を拓(ひら)く」というミッションの下、研究を行う村木風海氏。高校生の時に二酸化炭素回収マシンを完成させ、経済誌『フォーブス ジャパン』で日本人として「世界を変える30歳未満の30人」に選ばれたという、異例の経歴の持ち主だ。まだ大学生ながら注目を集める村木氏に、環境課題や宇宙にかける思いを聞いた。

※本記事は2022年6月に掲載されたものです

火星に移住するために二酸化炭素研究に没頭

村木風海(むらき・かずみ)プロフィール

2000年生まれ。化学者・発明家・冒険家・社会起業家。小学4年生から二酸化炭素の研究を始め、「ひやっしー」の研究活動が2017年に総務省「異能(Inno)vationプログラム」に採択される。現在は東京大学工学部化学生命工学科に在籍しつつ活動中。著書は『火星に住むつもりです〜二酸化炭素が地球を救う〜』(光文社)。

※黒字= 村木風海 氏

──村木さんはなぜ二酸化炭素の研究を始めたのでしょうか。

小学4年生の時に祖父からプレゼントされた、スティーヴン・ホーキング博士の『宇宙への秘密の鍵』という本がきっかけでした。主人公の男の子がワープしながら宇宙を旅するストーリーです。その中で、人類が地球以外で一番住めそうな星として火星が紹介されていました。

何より心が動かされたのが、火星の写真でした。広大な赤い砂漠に青い夕日が沈む実際の火星の様子が写されていて、その写真を見た瞬間に心が震え、いつか自分が人類で最初に火星に行き、青い夕日を見るのだと、願望ではなく確信が生まれました。そこからはとりつかれたように火星の研究にのめり込みました。

──最初は火星への関心からだったのですね。

はい。「火星に住めるようにするには」をテーマに研究する中で火星の大気の95%が二酸化炭素だと分かり、二酸化炭素を吸い取るにはどうすればよいかを考え始めました。それ以来、11年にわたって二酸化炭素マニアを続けています(笑)。

大きな転機となったのは、中学2年生の時です。国語の授業で科学関連の本を読んでプレゼンをする課題が出たのですが、当時から現在に至るまで私はどちらかというと文系でして、科学の難しい本は読んだことがありませんでした。それでも課題だからと仕方なく行った図書館で、気候工学の専門書籍に出合い、地球温暖化はもはや止められないレベルにあるという事実に衝撃を受けました。

仮に今すぐ世界中が二酸化炭素の排出をやめたとしても、海面上昇は西暦3000年まで続きます。もはや二酸化炭素をゼロにするだけでは温暖化は止まらないのですから、二酸化炭素をマイナスにする必要がある。そう理解し、二酸化炭素を空気中から直接回収する研究を始めました。

村木風海 氏

──そこからどのように二酸化炭素回収装置の開発へとたどり着くのでしょう。

二酸化炭素を吸い取る化学反応自体は極めてシンプルです。石けん水などのアルカリ性の液体の中に息を吹きかけると白く濁ります。これも立派な二酸化炭素の回収です。空気中から直接二酸化炭素を回収するとなるとかなり難易度が上がるので、取り組んでいる人は世界でもまだほんのわずかだったのですが、原理原則は小学生でも習うレベルですから自分でもできるだろうと思い、作ってみることにしました。

そうして二酸化炭素回収マシン「ひやっしー」の構造を思いついたのは高校2年生の時でした。中学2年生で読んだ気候工学の本に書かれていた二酸化炭素直接回収の技術を参考に、家庭で普及するような小型の装置を開発しました。ひやっしーは空気清浄機ほどの大きさで、ボタンを押すだけで二酸化炭素を回収でき、上部の表情パネルで室内の二酸化炭素濃度を見える化しています。

──ひやっしーの開発で特に苦労されたのはどんな点ですか。

資金面ですね。せっかく世界の誰も作ったことのない素晴らしい装置を思いついたのに、製品化や特許取得には大金が必要です。高校生ではとても調達できないと思い悩んでいた時に、母が朝のテレビ番組で、総務省が主催する「異能(Inno)vation」というプログラムを知り、教えてくれました。高校生の自分が応募してもよいのだろうかという不安はありましたが、母の後押しもあり申請してみたところ、驚いたことに採択していただけたのです。

資金面で支援をいただけたので、高校3年生になると午前中は勉強、午後は祖父と2人でひやっしーを作るという生活を続けました。

左/村木氏が小学生のときに提出した火星に関するレポート。これが村木氏
の原点だ 右/ひやっしー3。2022年に後継機が発売予定
左/村木氏が小学生のときに提出した火星に関するレポート。これが村木氏 の原点だ
右/ひやっしー3。2022年に後継機が発売予定

──そうして東京大学に入学されたのですね。

大学では1年生ながら本郷キャンパスに私専用の研究室をいただくなど、とてもよくしていただいたのですが、2年生になって研究室を大学の外に移し、完全に独立した研究機関として活動を始めました。それが現在の炭素回収技術研究機構(CRRA:シーラ)です。

独立に際しては、国にも大学にも企業にも依存しない一般社団法人という形を取りました。今はSDGsがブームになっていますが、ブームということは10年後、20年後には今ほど注目されなくなる可能性があります。それでも自分たちは100年というスケールで事業をやり続けるために独立しました。

  一覧へ戻る 1   2 次のページへ  

「この人に学ぶ -Expert-」カテゴリの他のコンテンツも見る

「この人に学ぶ -Expert-」
カテゴリの他のコンテンツも見る

  • ヒロインの視点
  • 挑む人
※本ページの内容は、取材または原稿制作当時のものです。
スマートフォンからもご覧いただけます
プロワイズウェブの歴史

是非フォローを
お願いいたします!

プロワイズ事務局 Twitterアカウントへのご案内 プロワイズ事務局 Instagramアカウントへのご案内