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【挑む人】第16回 伊藤亜紗「見えないことで豊かになる世界もある」

「当たり前」を柔らかくほぐす

「当たり前」を柔らかくほぐす

1人で行う芸、いわゆるピン芸のコンテスト「R-1ぐらんぷり」で、視覚障がい者の濱田祐太郎氏が優勝したのは2018年のことだった。「目が見えないのに、思わず二度見してしまいました」というフレーズが彼の持ちネタの1つだ。しかし、このネタに笑いで応えることは必ずしも簡単ではない。もし彼が芸人ではなく、1対1の場面でこの言葉が発せられたとしたら、多くの人は笑っていいのかどうか逡巡するだろう。そんな経験は伊藤氏にもあった。

「目が見えない人が言う自虐ネタを聞いて、最初はどう反応していいのか分かりませんでした。どうして私は笑わないんだろう。そう考えて、どこかで私は障がい者をかわいそうな人だと思っている、距離を取らなければならないと思っていると気づきました」

重要なのは「気づいた」ということだ。コミュニケーションにおいて大事なのは「失敗」だというのが、伊藤氏の持論である。失敗の経験があるからこそ、人は学ぶことができるのだと。

「健常者は社会の中のマジョリティーなので、自分の感覚が正しいと思いがちです。その思い込みで障がい者と接すると、時に善意の押しつけになったり、同情になったりしてしまいます。そのような非対称的なコミュニケーションは、往々にして失敗することになります。でも、その失敗からより良いコミュニケーションの方法を学んでいけばいいと思うんです」

失敗も学びも接する相手の数だけあり得る。1人として同じ障がい者はいないからだ。1人として同じ健常者がいないのと同じように。

「目が見えない人にとって、“目が見えない”ということは、その人を構成する要素の1つにすぎません。その人の中にはそれ以外の様々な要素があって、それがいろいろな人につながる“リンク”になっているわけです。リンクを限定するような接し方をされるのは、誰にとっても苦しいことだと思います」

その人がどのようなリンクを持っているかは、すぐに分かることではない。どのようなリンクがあるかを知るために必要なのは、いわば「柔らかいコミュニケーション」である。伊藤氏は大学で美術史を教えている。アートの重要な役割は「ほぐすこと」なのだと彼女は言う。当たり前だとされているものの見方や考え方を、マッサージをするようにほぐして、その「こわばり」を柔らかくしてあげること。それはまた、人間同士のコミュニケーションの基本でもある。

「障がいってこういうことだよね。女性ってこういうものだよね。生き物ってこうだよね──。そういう固定された考え方がどこにでもあると思うんです。それを一つひとつほぐしていくような研究活動をこれからも続けていきたいと思っています」

伊藤亜紗氏
〈取材後記〉

伊藤先生の勤務先である東京工業大学がある大岡山近くのスタジオでインタビューと撮影を行いました。先生は著書のイメージ通りのとても知的な女性で、こちらの質問の意図を即座に理解し、さらにこちらの意図を超えた内容にまで言及してくださるインテリジェンスに感銘を受けました。先生の研究は独自すぎて、日本のアカデミズムの世界に居場所を見つけるのはなかなか難しいとのことでしたが、だからこそ価値があると思います。これからも、他の人にはない視点で研究活動を続けていってください。

特集 伊藤亜紗/了
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