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【挑む人】第41回 木彫り彫刻家 はしもとみお「動物たちの命を形としていつまでも残したい」

動物の彫刻はこの世にたくさんあるが、名前を持って生きている特定の犬や猫の姿を写し取った彫刻は多くはない。その「肖像彫刻」を専門につくり続けているのが、木彫り彫刻家のはしもとみお氏だ。動物の生命力を彫刻として再現し、いつまでも命を形として残していきたい──。そんな願いを込めて動物彫刻に取り組むはしもと氏に話を聞いた。

※本記事は2021年11月に掲載されたものです

彫刻づくりとは余計なものを取り除いていく作業

はしもとみお(はしもと・みお)プロフィール

1980年兵庫県生まれ。東京造形大学美術学部彫刻専攻、愛知県立芸術大学美術研究科彫刻専攻卒業。原寸大の動物彫刻の他、ミニチュア彫刻、動物のカプセルトイの原型制作なども手がける。著書に『はじめての木彫りどうぶつ手習い帖』(雷鳥社)、『猫を彫る』(辰巳出版)などがある。

運慶が仁王像を彫っているのを見物しながら「能(よ)くああ無造作に鑿(のみ)を使って、思う様な眉(まみえ)や鼻が出来るものだな」とつぶやくと、隣にいた男が「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋(うま)っているのを、鑿と槌(つち)の力で掘り出すまでだ。まるで、土の中から石を掘り出す様なものだから決して間違う筈(はず)はない」と言う──。そんな場面が夏目漱石の「夢十夜」にある。

「運慶よりももっと古い時代のミケランジェロや、さらにその昔のエジプト彫刻の時代から言われていたことですよね」

動物彫刻家のはしもとみお氏はそう話す。

「彫刻の完成体となる形が水桶の中に沈んでいて、栓を抜いて水が減っていくと、次第にその形が姿を現してくる。ミケランジェロは、彫刻づくりをそんなふうに表現しています」

運慶にとっての仁王像を取り囲む木や、ミケランジェロにとっての水桶の中の水は、彫刻にとって「余計なもの」だ。彫刻とは、余計なものを丹念に取り除いていく作業なのだとはしもと氏は言う。そして、何が余計で、何を捨てるべきかを見極めることが最も難しいのだと。

肖像彫刻に100%の完成はない

はしもと氏の愛犬「月くん」。亡くなった先代の月くんの後を継いで、はしもと氏にいつも寄り添っている
はしもと氏の愛犬「月くん」。亡くなった先代の月くんの後を継いで、はしもと氏にいつも寄り添っている

動物を専門に手がけるはしもと氏の彫刻づくりは、対象を徹底的に観察するところから始まる。犬や猫をひたすら見て、触れ合い、存在感を丸ごとつかむ。飼い主とも徹底的に話し合い、その動物の生命感が最も表れるポーズや表情を見極めていく。

「とにかくインプットが大事だと思っています。実寸大の彫刻は、完成させるまでに最低でもひと月はかかりますが、そのうちの3週間をインプットに費やすこともあります」

死んでしまった動物を彫刻にする場合以外は、必ず対象となる動物に直接会うことにしている。写真から伝わるものと生きている姿から伝わるものは別だと感じるからだ。たとえ10秒でも会うことができれば、そこから得られるものは必ずある。そうはしもと氏は言う。スケッチもするが、それは最後の彩色の参考にするためだ。完成予想図をすべて頭の中で細部まで描き切ってから、ようやく木に向かい合う。

アトリエとしている民家近くに広がるのどかな田園風景。「制作に没頭するには理想的な場所」とはしもと氏は言う。家の裏にはストーブ用の薪が積まれていた
アトリエとしている民家近くに広がるのどかな田園風景。「制作に没頭するには理想的な場所」とはしもと氏は言う。家の裏にはストーブ用の薪が積まれていた

大きな木材から形を切り出す「一木造り」と言われる方法で彫刻をつくるのがはしもと氏のスタイルだ。素材のクスノキは、虫よけに効果のある樟脳を成分として含むため、昔から仏像づくりなどに用いられてきた木材である。これを電動チェーンソーでザクザクと削る工程から作業は始まる。

ある程度の形ができた後は、鑿と彫刻刀での作業となる。はしもと氏の彫刻づくりの大きな特徴は、何よりもテンポの良さにある。チェーンソーや鑿を使って、躊躇なく迅速に木端を切り落としていく。

「丁寧にゆっくり削っても、一気に削っても、削ってしまった部分はなくなってしまうわけですよね。それに余計な時間をかけない方がいいと思っています。とにかくリズムに乗って、どんどん彫り進めていくことを大切にしています」

左/細かなところを削る際は彫刻刀を使う。先輩や知人から譲り受けたものが多いという 右/午前中は実寸大の彫刻の制作に充て、午後からは机に向かって個展などで販売するミニチュアの彫刻づくりに励む
左/細かなところを削る際は彫刻刀を使う。先輩や知人から譲り受けたものが多いという
右/午前中は実寸大の彫刻の制作に充て、午後からは机に向かって個展などで販売するミニチュアの彫刻づくりに励む

頭の中に鮮明に描いたイメージを木材に伝えるのは手と刃物だ。刃物は自分の体の一部なので、借り物の道具で彫ることはできない。指先を少し切っただけで仕事ができなくなることもある。頭と心と手と道具を完全に一体化させるには、極度の集中力を要する。その状態を長時間維持することは難しいので、午前中の3時間ほどが勝負となる。

彫刻は、彫りすぎて失敗することはほとんどないとはしもと氏は言う。むしろ「彫れなさすぎる」ことが問題なのだと。

「頭の中のイメージがぼんやりしていると、確信を持って彫り進めることができないんです。だから、どうしても彫りが甘くなってしまいます。どこまで彫り進めることができるか。そこが彫刻家の腕の見せどころだと思っています」

左/ミニチュアの彫刻の細部を削り込む。サイズは小さいが、一つひとつに実在のモデルがいる 右/最後の彩色に使う筆。水性の絵の具とこれらの筆を使って、毛並みを再現していく
左/ミニチュアの彫刻の細部を削り込む。サイズは小さいが、一つひとつに実在のモデルがいる
右/最後の彩色に使う筆。水性の絵の具とこれらの筆を使って、毛並みを再現していく

彫りながら、距離を取って眺めたり、光の当たり方を変えたりして、何度も何度も彫刻の「彫れ具合」を確認する。最後に、目に漆を入れ、毛並みを水彩絵の具で表現したところで、彫刻はとりあえずの完成となる。「とりあえず」というのは、肖像彫刻に100%の完成はないからだ。どれほど優れた彫刻でも、現実に生きて動いている動物以上になることはない。最も美しいのは現実であって、芸術は現実を超えることはできない。そうはしもと氏は言う。しかし、彫刻づくりはどこかで完結させなければならない。

「一番いいところで終わるのが大事なんです。時間をかけすぎると、変な癖が出てきたり、自分の技術を見せたくなったりして、彫刻の生命感が失われていきます。リズムよく進めていって、彫刻が最も生命感のあるところで終わる。その判断が大切だと思っています」

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