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第1回 経済小説作家の内緒話—機を見るに敏…でも、早すぎちゃダメ?—|幸田真音(作家)のマイン・スコープ|システム構築やトータルソリューションをお探しなら、日立ソリューションズをご利用ください。

第1回 経済小説作家の内緒話—機を見るに敏…でも、早すぎちゃダメ?—
第1回 経済小説作家の内緒話—機を見るに敏…でも、早すぎちゃダメ?—

経済小説家・幸田真音さんの作品には、その後の社会やビジネスに大きく影響を与えたテーマが取り上げられています。“ヘッジファンド”“インターネット”“金融機関の破綻”…これら時代を先取りしたテーマはどのような経緯で作品化されたのでしょうか。その後の世界はどのように動いていったのでしょうか。
第1回目のコラムでは、ビジネスの「今」につながる重要なテーマを鋭い視点で切り取った、その背景をお届けします。

皆さん、はじめまして。幸田真音です。これから6回の連載を通して、経済を読み解く現状と大切なヒントをお伝えしていきます。どうぞよろしくお願いします」

半歩前ぐらいがちょうどいい

 米国系の証券会社を辞職し、スリリングな国際金融市場の現場を去ったのは、私が38歳のときでした。

 その後、小さなコンサルティング会社を起ち上げてからの数年を経て、作家に転身したのは1995年。それから今年の秋でちょうど15年になります。

 そんないま、私がしみじみ思うのは、金融市場での仕事も、ベンチャー企業も、さらには作家稼業もなのですが、一見まったく違う世界のようでいて、実は驚くほど共通点がある、仕事の基本はどんな世界も同じということです。

 まず、あまりにも人より先を読み過ぎ、早過ぎるアクションをとるのは、かえってたいした利益を生まないということ。

 たとえば相場の先を読んで、その価格変動に賭けて利益を狙おうというとき、とくに短期の売買で儲けを狙うときは、もちろん人より遅れたのでは話になりませんが、二歩も三歩も飛び出して先を行くよりも、むしろできればほんの少し、半歩ほど前に出ているぐらいの感覚がちょうどいい。

 それは、自分で会社を作ってからも同じでした。

 さまざまなところから持ち込まれた新しいビジネスに挑戦し、いまから思えば実におもしろい数年間でしたが、人よりあまりに先を行き過ぎて、手間やコストはかかるし、市場開拓に苦労は多いしで、たいした収益にならない思いを何度も経験したものです。

 このときの話は、またいつか別の機会に譲るとして、今回は、作家になってからの、作品のテーマ選びの際に実感した話をしましょう。私が書いてきた作品の裏話をご紹介するなかに、日本経済の推移や問題点を読み解くたくさんのヒントが隠されていると思うからです。

ほとんど知られていなかった“ヘッジファンド”

 まず、私のデビュー作は『ザ・ヘッジ 回避』(1995年講談社・刊)。1994年6月下旬、ドル円が初めて100円を割ったころに書いた、円高を背景にしたヘッジファンドの物語です。

 当時は「ヘッジ」と言ってもほとんど知られていませんでしたので、編集者に日本語訳はないかと問われ、困りました。なぜならぴったりの日本語がないからです。いまでこそヘッジという言葉は理解され、そのままで使われていますが、当時は説明が必要でした。
 悩んだあげくに「リスク回避」という意味の「回避」ではどうだろうと答え、作品のタイトルにも、無理やり「回避」という文字を足されてしまったわけです。

作品タイトル”ヘッジファンド”について

 その後、「ザ・なんとか」、というタイトルをやたらとつけた作品が続出しましたが、この時点でも、やはり少し人より早かったのかもしれませんね。
 この物語は、ヘッジファンドが舞台で、当時の私自身と同じ43歳の日本女性が、ヘッジファンドを起ち上げて、日本を未曾有の円高から救うといったストーリーです。ただし、このころはヘッジファンドという言葉自体が、まだ一般には浸透していませんでした。

 ですから、デビュー作はほとんど注目されませんでした。

 でも、この3年後、文庫化しようというときになって、ようやく『小説ヘッジファンド』と改題できることになりました。なぜなら、1998年のロシア通貨危機で、アメリカの巨大ヘッジファンド「LTCM」が崩壊し、突如ヘッジファンドという言葉が日本中に知れわたるようになったからです。

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