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第6回 偉人たちに学ぶ人間関係力(最終回)|齋藤孝の人間関係力養成講座|システム構築やトータルソリューションをお探しなら、日立ソリューションズをご利用ください。

齋藤孝の人間関係力養成講座
第6回 偉人たちに学ぶ人間関係力(最終回)

最終回となる今回は、偉人たちの逸話から人間関係力を考えます。
「鉄鋼王」と呼ばれたアンドリュー・カーネギー、明治時代の実業家である渋沢栄一、そして孔子。彼らはなぜ後世まで残る偉業を成し遂げることができたのか。
「人間関係」にまつわるエピソードから、私たちがビジネスにおいて見習うべきポイントを齋藤先生に解説していただきます。

偉人たちの流儀に学ぶ

 最近のDVDには、よく特典として「メイキング・ビデオ」が付いています。それを見ると、「あのシーンはこうやって撮っていたのか」とか「制作者はこんな思いを込めていたのか」と気づくことがよくあります。それによって作品に対する理解度がグッと増すわけです。

 いわゆる「偉人」と呼ばれる人々の著作や伝記にも、同じ効果があります。その偉業の背景にどんな哲学やエピソードがあったのかを知ることで、自分も真似てみたり、迷ったときの参考にしたりすることができる。ビジネスパーソン向けの「ハウツー」や「メソッド」は世に溢れていますが、これほど実践的で説得力のある“教科書”は他にないでしょう。

 そこで今回は、数多ある伝記等の中から、特に ビジネスパーソンが直面しそうな「人間関係」にまつわる話をピックアップしてみます。

A・カーネギーの「断る力」

 「頼まれたらイヤとは言えない」という人は少なくないと思います。特に大事な取引先や上司からのオファーであれば、とにかく何とかしようと思うのが“ビジネスパーソン魂”というものでしょう。

 たしかに、リスクを恐れて断ったりすれば「できない人」「頼りない人」の烙印を押されかねません。逆に要望に応えられれば、自分のスキルアップやステップアップにつながります。これは、むしろ体力とチャレンジ精神に溢れた若いうちの特権といえるかもしれません。

 ただ問題は、 どう考えても無理なのに、断る勇気を持てずに受けてしまうケース。気持ちはわかりますが、結局失敗して周囲に迷惑をかけたり、信用を失ったりすることになりかねません。そうなる前に、ぜひ思い出していただきたいのがアンドリュー・カーネギーのことです。

 「鉄鋼王」と呼ばれ、ニューヨークの「カーネギー・ホール」やピッツバーグの「カーネギーメロン大学」の創設者としても知られるカーネギーは、もともとスコットランドの貧しい家庭の出身でした。13歳のときに家族とともに仕事を求めて渡米して以来、学校にも通わずに“ビジネス”のキャリアをスタートさせます。

 その後、持ち前の利発さと強烈な向上心で頭角を現し、28歳で独立して鉄橋建設会社を設立。堅実な仕事ぶりが高く評価され、並いるライバル企業との競争に打ち勝ち、多くの依頼が持ち込まれるようになりました。

 しかし、勢いに乗って何でも引き受けたわけではありません。どれほど儲けが大きそうでも、リスクの大きい建設工事はきっぱり断りました。万が一にも橋が崩れるようなことになれば、これまで築いてきた信用も一気に崩れてしまう。人一倍の野心家だったカーネギーですが、この部分の判断はきわめて慎重でした。見方を変えれば、それだけ 身の丈をよく知り、かつ信用を大事にしたということでしょう。

A・カーネギーの「断る力」
身の丈をよく知り、「断る勇気」を持つことが信用へと繋がる。

 では、これによってカーネギーは大切な取引先を失ったかといえば、現実はまったく逆です。「丈夫で安全な橋をつくる会社」としてますます評判になり、入札時に競合他社より高値で応札していながら受注することもあったそうです。ここでの成功が、製鉄事業への進出、そして鉄鋼王への道の礎になったことは言うまでもありません。

 後に自らが著した『カーネギー自伝』(坂西志保訳/中公文庫)では、カーネギーの友人である西部開拓者が語った「西部開拓者である友人が語った」として、「渡ることのできないところへ入ってはいけない」という言葉を紹介しています。この言葉を肝に銘じ、 渡れそうもないオファーを断る勇気を持っていただきたいと思います。

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