ナレッジをつなぎ、育てる OSSの思想で、コミュニティが拓く未来
SI業界では、プロジェクトごとに蓄積されたナレッジが個別のチームにとどまり、組織全体で共有・活用されにくいという課題があります。このような中で、エンジニア同士が自発的につながり、ナレッジを共有・蓄積する文化をどう築いていくか——。日立ソリューションズでは、OSS(オープンソースソフトウェア)の思想をベースにした社内コミュニティが立ち上がり、ボトムアップによる「連携の場」が生まれつつあります。約1年にわたる活動の中で、社内にはどんな変化が生まれたのか。そして、これからどんな未来を描いていくのか。コミュニティの中心を担う2人のキーパーソンにお話を伺いました。
株式会社日立ソリューションズ
スマートライフソリューション事業部
ライフイノベーション本部
リモートワークサービス部 主任技師
廣塚 源太
入社以来、さまざまな業種のお客さまの業務改善を超上流から立ち上げ、プロジェクトマネージャーとしてプロジェクトを牽引。2024年、社内OSSコミュニティを立ち上げ、「技術や社会の変化に併せて柔軟に進化させることができるサステナブルなシステム」の実現及び普及に挑戦している。
株式会社日立ソリューションズ
スマートライフソリューション事業部
ライフイノベーション本部
リモートワークサービス部
麻井 美沙
入社後、不動産ディベロッパーの業務システム開発に従事。入社5年目の現在はWebデザイナーとして、人間中心設計によるUXデザイン向上に取り組んでいる。また、社内のOSSコミュニティに所属しており、デザインフレームワークの開発を通して、デザインの力で人に感動を与え、使うと気分が上がるシステムの普及に挑んでいる。
OSSカルチャーで、 プロジェクトの壁に風穴を
廣塚:背景にあったのは、社内のナレッジを組織として活用できていないという問題意識です。当社はSIerとして、お客さまの課題に応じたソリューションを、プロジェクト単位で開発しています。案件ごとに求められる技術スタックや開発環境が異なるのはもちろん、チームの規模や開発期間は実にさまざまです。まずはそのことが、チーム間の連携を難しくしていました。
加えて、各チームが構築したシステムやソースコードは、お客さまの資産となるため、他の案件にそのまま流用することはできません。そのため、プロジェクトを通じて得られた学びやノウハウまでもが、チームの中だけにとどまりがちでした。これは日本のSI業界全体が抱える、構造的な課題だと感じています。
麻井: 私も同じような課題を感じていました。プロジェクトごとに開発スタイルが違うのは当然として、中にはレガシーシステムをそのまま引き継いでいる案件もあります。「もっと社内で密に連携できていれば、ずっとスムーズに仕事が進むのに」と感じている若手従業員は、きっと少なくないはずです。
廣塚: そうした声を受けて、私が所属するチーム内では、過去の事例をとりまとめたドキュメントの整備などを進めていました。ただ、過去のプロジェクトの知見を共有することは契約や守秘義務の観点から、少なくないハードルがあります。そこで私たちが目を向けたのが「これからの技術」です。
新たに蓄積されたナレッジや成果物は、クライアントとの制約に縛られることなく、さまざまなプロジェクトに還元できるため、より多くのお客さまへ使ってもらえるなど、社会へ貢献できる可能性も広がります。そこにさらに「みんなでつくったものは、みんなで自由に使い、みんなで育てていこう」という、OSS(オープンソースソフトウェア)の思想を取り入れ、最先端技術について自由に議論できる社内コミュニティをつくろうと考えました。
廣塚:コミュニティの立ち上げは、私にとってもはじめての挑戦だったので、本当に社内で受け入れられるのかどうか、不安もあったというのが本音です。
そんなとき背中を押してくれたのが、同じような問題意識を持つ、数人のエンジニアたちでした。彼らとともに、2023年12月に立ち上げたのが「社内OSSコミュニティ」です。
麻井:私もすぐにコミュニティに加わりました。期待していたのは、新しい学びや視点との出会いです。お客さまの要望に応えるだけではなく、自由に技術を掘り下げていけるからこそ、これまでにない挑戦ができるとも感じました。現在は、コミュニティにおける広報のようなポジションで、社内プレゼン用の資料づくりなども担当しています。
「遊ぶ・試す・つながる」が ひとつになった場所を
廣塚:私たちのコミュニティには、大きく分けて3つの活動の軸があります。
まず1つ目は、最先端技術を探究するという役割です。具体的には、エンジニアが自由に試行錯誤できる「遊び場」のような開発環境を、社内に新たなに構築しました。たとえば、理想的なシステム構成の検証や、生成AIのプロンプト設計・チューニングといった実験的な取り組みを進めることができます。
2つ目の役割は、「全体最適のサイクル」のお手本づくりです。技術的に優れたアーキテクチャーを構想するだけでなく、それをどう育て、進化させていくかが大切だと考えています。いわゆる「DevOps」(*)の考え方も取り入れながら、開発・運用・保守がスムーズに循環する仕組みを構築し、実際に一連のサイクルを回してみて、そこで得られた結果をモデルケースとして社内に展開しています。
そして3つ目が「コミュニケーションの場」としての役割です。メンバー向けの社内チャットでは、さまざまなトピックスが飛び交い、ちょっとした気づきや学びがカジュアルに共有される文化が育ってきました。
また、私を含めたコアメンバーは、毎日欠かさず約1時間のミーティングを行っています。直近の議題は、もっぱら生成AIの活用について。未来志向で熱量の高い議論ができることは、仕事のモチベーションにもなっています。
※DevOps(Development and Operations):ソフトウェアやシステムの開発(Development)と運用(Operations)の2つの領域を連携・統合する手法・文化・組織体制の総称
麻井:最も印象に残っているのは、コミュニティの立ち上時に、1,000名以上が参加している社内のSXコミュニティのチャットで報告した際、当時の社長が真っ先に激励コメントをくれたことです。コミュニティの社内浸透という意味で、大きな追い風になったできことでした。
廣塚:私もとても感銘を受けました。このコミュニティは、会社から指示されたものではなく、私たちが草の根ではじめたものです。それをトップがしっかりと応援して、会社として活動をきちんと評価してくれる。ボトムアップで従業員の声が反映されていく風土があるからこそ、私たちの活動も成立しているのだと思います。
廣塚:チームや部署を越えたつながりが着実に育ち、職位や利害関係を越えて、エンジニア同士がフラットに意見を交わせるような空気が生まれています。
また、社外のビジネスパートナーの方にも任意で参加していただいていることも、このコミュニティの特徴のひとつです。彼らと日常的に技術についてやりとりするようになったことで、プロジェクト全体の熱量や一体感は、明らかに高まっています。実際、これまでにはなかった提案をいただく場面も増えてきました。
麻井:私もコミュニティを通じて、ビジネスパートナーの方からプロジェクトマネジメントについてアドバイスをいただいたこともありました。
最近、はじめてプロジェクトリーダーを務める機会があったのですが、コミュニティに所属する社内外の先輩方に支えていただき、心から感謝しています。
サステナブルな成長のサイクルを、 みんなで回していく
廣塚:今後、取り組んでいきたいのが、デザインについてのナレッジの蓄積です。当社の強みである技術力にデザイン力が加われば、提供価値がさらに高まり、より魅力的な会社になると思います。コミュニティの中で、エンジニアリングとデザインの理想的な関係性について、理論的に議論を深めていきたいと考えています。
麻井:デザインスキルを身につけることは、私自身の課題でもあります。最近、UI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザエクスペリエンス)デザインにも実務として携わるようになり、つい先日も画面の設計について、コミュニティ内のアーキテクトの方にも相談に乗っていただきました。デザインを学ぶ一環として、コミュニティのロゴデザインを任せていただいたことも、いい経験でした。今後は、私自身が実践を通じて得た知見も、メンバーに積極的に還元していけたらと思っています。
廣塚:このコミュニティの最大の価値は、「文化の醸成」と「行動変容」にあると考えています。自律的でオープンな空気を組織全体に広げていくことで、主体的なチャレンジを後押ししていく。それこそが、私たちのめざすアウトカムです。
その第一歩として「対話の場」をもっと増やしていきたいですね。「この技術、ちょっと気になる」といった小さな声を丁寧に拾い上げて、自然と会話が生まれるような場をつくっていけたらと考えています。いずれは社外や海外とも連携しながら、より広い協創のネットワークを築いていけたら理想的です。
麻井:コミュニティに参加してからキャリアの幅が一気に広がりました。もともとはプログラマーとして技術を磨いていたのですが、今ではプロジェクトマネジメントやUIデザインにも挑戦するようになり、働き方そのものが大きく変わったという手応えがあります。そういった“越境”の経験こそが、自分らしいキャリアを形づくるための大きな糧となるのではないでしょうか。
廣塚:私たちがOSSという形にこだわるのも、それが「個人の成長→仕事を通じた社会貢献→自己肯定感の向上」という幸福なサイクルを、みんなで営んでいくための最適な仕組みだからです。
オープンで多様なつながりの中で、対話を積み重ねていくこと。目の前の仕事に追われながらも、「持続可能な働き方とは何か」「自分たちの技術が社会にどう貢献しているか」といった問いを持ち続けること。それが会社という組織はもちろん、私たち自身の仕事や人生のサステナビリティを高めることにもつながっていくはずです。

