仕事と介護の両立をめざして、 誰もが働きつづけるために
日立ソリューションズが進める「仕事と介護の両立」をめざした社内プロジェクト。介護に携わりながら働くビジネスケアラーと、これから介護に関わるネクストケアラーを、会社として支えていくためのプロジェクトがはじまっています。 NPO法人となりのかいごの代表理事として、介護の現場を見つめ続けてきた川内潤さまをお招きして、プロジェクトリーダーの伊藤と、「仕事と介護の両立」のリアル、そしてこれからめざすべき姿について、語り合いました。
株式会社日立ソリューションズ
経営戦略統括本部
エグゼクティブエバンジェリスト 兼
事業戦略本部 本部長
伊藤 直子
入社後、ソフトウェア製品開発、ネットワーク・セキュリティ関連のSEを経て、2004年管理職へ。2015年から働き方改革に携わり、自社の改革推進とともに、企業の働き方改革をITで支援する事業に従事。2023年から「仕事と介護の両立」に向けた全社での取り組みをリードしている。
エバンジェリストとして働き方改革について、また、女性活躍支援や企業のダイバーシティについても、講演実績やメディア出演実績を多数持つ。
NPO法人となりのかいご
代表理事
川内 潤 氏
上智大学文学部社会福祉学科卒業。老人ホーム紹介事業、外資系コンサル会社、在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。2014年に「となりのかいご」をNPO法人化、代表理事に就任。厚労省「令和2年度仕事と介護の両立支援カリキュラム事業」委員、育児・介護休業法改正では国会に参考人として出席。著書『上司に「介護始めます」と言えますか? ~信じて働ける会社がわかる(日経BP)』など
「仕事と介護の両立」が、 これからの重要な経営課題に
川内:私の実家は介護事業を営んでいて、父も母も仕事として介護に携わっていました。とはいえ、最初から跡継ぎになろうと考えていたわけではありません。むしろ思春期には、暇さえあれば介護について夢中で語り合う両親に、反発心さえ抱いていたと思います。ただ、大学で何を学ぼうかと考えたときに、気がつけば自然と福祉分野に関心が向いていきました。
伊藤:ご両親に反発しつつも、やっぱりどこかで影響を受けていたんですね。
川内:そうですね。あとは高校時代に大怪我をして、車椅子での生活を経験したことも大きかったと思います。いずれにしても、大学で福祉を勉強するようになって気づいたのは、日本では国だけではなく、民間の力でも福祉が支えられてきたという事実でした。象徴的な存在が、渋沢栄一のような篤志家です。
それなら自分も、まずはお金を稼いでみよう。そう思って飛び込んだのが、外資系コンサルティングファームでした。ただ、やっぱりそこは「人助け」とは まったく無縁の世界です。それがどうしても肌に合わず、結局2年ほどで退職。父に頭を下げて、あらためて介護業界で働きはじめました。
伊藤:私自身は、介護や福祉とは、まったく接点のない人生を歩んできました。高校卒業とともに地元・鹿児島を離れてからは、実家に帰るのは年に1回ほど。祖父母も父も既に他界していますが、介護にはほとんどノータッチだったというのが、正直なところです。SE(システムエンジニア)としてキャリアを重ね、10年ほど前から働き方改革の事業に携わり人事の分野に関わってきましたが、その中でも介護について考えたことは、ほとんどありませんでした。
伊藤:2022年度に開催された社内アイデアソンで、「仕事と介護の両立」をテーマにしたアイデアが、最優秀賞に選ばれたことがきっかけです。それを具体化するためのプロジェクトチームに、リーダーとして参画することになりました。
取り組みの中でまず感じたのは、「仕事と介護の両立」というテーマは、働き方改革にも通ずる部分が大いにあるということです。これからの組織に求められるのは、従業員の多様な事情を受容し柔軟な働き方を可能にして、働く人たちの能力を最大限に引き出すことにほかなりません。 今後、仕事をしながら介護をする人がますます増えていきますので、「仕事と介護の両立」を実現することは、単なる就労環境の改善ではなく、会社としての経営課題であると捉えています。
川内:実際に、2025年には団塊の世代全員が後期高齢者となります。さらに10年後には、その約6割が要介護状態になると予想されています。そして彼らを介護するのは、いま40~50代の現役世代。深刻なのは、ただでさえ労働人口が減っている中で、こうした事態が進行していくということです。もしも「介護を理由に仕事を辞める人」が増えていけば、社会全体で労働力を維持していくのは難しいでしょう。そうした観点からも、伊藤さんたちの取り組みは、まさに時代の要請に応えるものだと感じました。
制度を整えることより、 意識を変えることが大切になる
伊藤:まず、プロジェクトが向かうべき方向を示すために「ありたい姿」を定めました。具体的には、①状況を知る、②リテラシーの向上、③意識変革、④現状の共有によるオープンな風土づくり、そしてゴールである⑤仕事と介護の両立、という5つのカテゴリーを設定。それぞれの目標を達成するために必要な項目を洗い出し、個別の施策へと落とし込んでいきました。たとえば、「①状況を知る」ために診断ツール「介護と仕事の両立支援システムLCAT 」を導入したのですが、その結果、「介護休業制度についてよく知らない」という従業員が、全体の9割を超えていたことは驚きでした。
両立を支援するための制度があっても、それを利用してもらえないのでは意味がありません。こうした課題を解決するために、制度周知の徹底や、管理職向けのeラーニング研修の実施といった取り組みを進めています。
川内: 介護休業制度について私が感じるのは、それを使うこと自体が目的化してしまうと、逆効果になりかねないということです。もっと言えば、「仕事を休んででも介護をしたい」という気持ちに従うべきかどうかは、慎重に判断する必要があります。
親が要介護状態になったとき、それを近くで支えたいと思うのは、自然なことです。ただ、多くの場合、要介護者の状態は時間とともに悪化していきます。それを目の当たりにして平静を保てる人は、そう多くはいません。私たち介護のプロでさえ「自分の親を直接介護することはできない」というくらい、親の介護というのは特別に難しいものです。
だからこそ「自分ひとりで背負いこまない」という選択肢を、もっと“普通のこと”にしていく必要があると思います。そうした考え方も含めて、介護のリテラシーを身につけることが、制度の適切な活用にもつながっていくのかなと感じています。
伊藤:当初は、社内の実態もよくわからず、私自身も介護の経験や知識がなかったため、手探りでのスタートでした。そんな中で開催したのが、オンラインでの社内トークライブイベントです。イベント当日の参加者数は229名で、予想以上に多くの人が集まり、参加者からはチャットでたくさんのコメントが寄せられました。「介護について話したい人が、社内にもこんなにいるんだ」と、改めて実感した瞬間です。
また、講演会や社内イベントを通じて、リテラシーの向上と意識変革に取り組んできました。さらに「両立のための工夫」をシェアできる社内コミュニティも立ち上げました。
そこで何より大切なのは、ビジネスケアラーやネクストケアラーといった当事者だけではなく、従業員全員が介護に対する理解とリテラシーを高めていくことです。それこそが「仕事と介護の両立」を実現できる企業風土につながっていくと考えています。
川内:とても重要な取り組みだと思います。私が介護の世界に入ったときも、まず浮かんだのは「孤独」という言葉でした。介護をされる側もそうですが、特に介護をする側に光が当たることは、今の社会ではほとんどありません。
介護の現場にいると、本当に辛い状況にあるご家族も目にします。家中ゴミだらけで、生活もギリギリ。介護だけはなんとかこなしているけれど、社会からは完全に孤立している――。そんな人たちにどう手を差し伸べればいいのか、私自身もずっと悩んできました。
その答えが、まさか「会社による支援」にあったとは思いもよりませんでした。私としても目からウロコが落ちる思いです。だからこそ今回の取り組みは、社内プロジェクトの範疇に収まらない、社会課題の解決にもつながるソリューションだと感じています。
介護も仕事も。 抱え込まずに、みんなで解決していこう
伊藤:働き方改革についてもそうでしたが、こうした取り組みは、社内浸透に時間がかかるものです。私たちとしてもさまざまな手を打ってきましたが、プロジェクトの認知度は2~3割にとどまっているのが現状です。
ただ、少しずつですが「会社で介護の話をしてもいいんだ」という空気は生まれていると感じています。今後は現場の管理職とも連携しながら、部門単位でプロジェクトの浸透を進めていくつもりです。
川内:制度を整えること以上に、「意識を変えること」をゴールに据えている点が、本当に素晴らしいと思いました。どれだけ手厚い支援を揃えても、それによって組織としての生産性が落ちてしまえば、持続的な取り組みとはなり得ません。いかに生産性を落とさずに、仕事と介護を両立できる体制をつくるのか。それが今後の鍵になるのではないでしょうか。
伊藤:それは、広い意味で「働き方を見直していく必要がある」ということでもあると思います。誰もがみんな、さまざまな事情を抱えて生きています。大切なのは、それをひとりで抱え込まずに、会社としてシェアしながら、みんなで解決していける環境をつくることです。
そういう信頼関係を育んでいく上で、介護というテーマは、それ自体が人と人をつなぐツールになり得ます。というのも、介護は誰にとっても、決して他人事ではないからです。
川内:なるほど。子どもがいない人はいても、親がいない人というのは、まずいませんからね。育児よりも広がりのあるテーマだと言えるのかもしれません。
伊藤:しかも、介護に直面する社員の多くは、40代から50代です。「管理職として働きながら、実は介護の悩みを抱えていた」という方も、少なくありません。直近で開催した講演会でも、グループ会社の役員に介護体験を語っていただきました。その方は、お父様の介護をするにあたって「業務に支障のない範囲で、早く帰れる日は早く帰る」と、周囲に宣言したそうです。そうやってトップの人が、率先して「仕事と介護の両立」を実践してくれると、職場の雰囲気はがらりと変わります。
伊藤:最終的にめざすべきは、介護に限らず、どんな事情を抱えていても、誰もがパフォーマンスを発揮できる環境をつくることだと思います。
もちろん、勤務時間を短くしたり、業務分担を変えざるを得ない時期もあるでしょう。でも、それでいいと私は思います。「その人にしかできない仕事」と捉えすぎずに、上手にワークシェアしながら、みんなで目標を達成していく。それがサステナブルな組織のあり方だと思います。
川内:ものごとを属人的に捉えない、というのは、介護においても重要な視点です。「親の介護は自分にしかできない」と思い込むと、介護する側もされる側も、途端にしんどくなってしまいます。
自分ではない誰かに介護を委ねるという選択肢が、親の幸せにもつながることも少なくありません。そんな風に介護について柔軟に考えることの大切さを、企業として発信してもらえたら、私たちの仕事もずっとやりやすくなるはずです。
伊藤:私たちも「仕事と介護を両立することは、当たり前なんだ」というメッセージを、積極的に発信していければと思っています。そのために、ぜひ川内さまたちの力をお借りできたら嬉しいです。
今日こうしてお話しして、改めて感じたのは、誰かのために自分の人生を犠牲にする必要はない、ということです。育児にしても同じですよね。「この人のために自分は仕事を諦めた」なんて意識を、親に対しても、子どもに対しても、持たない方がいい。もし将来、自分が介護をされる立場になったとしても、私はそんな風に思われたくありません。
まずは「自分がどうありたいか」を真剣に考えること。その上で、大切な人とどう関わっていきたいのかを見つめ直すこと。それがきっと、仕事にも、介護にも、そして人生そのものにも通じる「両立」のかたちなのだと思います。

