サステナビリティの推進と企業の成長を両立させるSX経営。その実現に向けて、日立ソリューションズでは組織変革を加速させています。従業員がお客さまやパートナーをはじめ、ステークホルダーの方々とともに、幸福に、挑戦を楽しみながら社会全体のSXに貢献していくために。長年にわたって日本企業の環境・サステナビリティ戦略を支援してきたピーター・D・ピーダーセン氏と森田社長が、グローバルな視点で未来への展望を語り合いました。
株式会社日立ソリューションズ
取締役社長
森田 英嗣
特定非営利活動法人ネリス代表理事
学校法人大学院大学至善館教授
株式会社丸井グループ社外取締役
明治ホールディングス株式会社社外取締役
三菱電機株式会社社外取締役
ピーター・D・ピーダーセン
1967年、デンマーク生まれ。コペンハーゲン大学文化人類学部卒業。1984年から日本での活動を開始。2000年に株式会社イースクエアを設立。環境・CSRコンサルティング会社などでの豊富な経験に加え、サステナビリティ経営および次世代リーダー育成に関するグローバルレベルでの幅広い見識を有する。主な著書に「LOHASに暮らす」「第5の競争軸」「レジリエント・カンパニー」などがある。
森田:本日は、サステナビリティ戦略支援の第一人者である、ピーター・D・ピーダーセンさんにお越しいただきました。グローバルな視点から見たSX経営の現在地と、これからの課題について率直に意見を交換させていただこうと思います。サステナビリティとイノベーションをテーマに、さまざまな活動に取り組まれていますが、最近の興味関心はどこにあるのでしょうか?
ピーダーセン:この10年ほど関心を向けているのが、「マネジメント・イノベーション」、つまり組織運営の変革です。これこそが日本企業の最重要課題だと捉え、これまでにない手法やテクニック、プロセスを提供することで企業の変革をサポートしています。
森田:私たちも、2021年からサステナビリティ経営を推進するための組織変革を本格的にスタートしました。SXプロジェクトをスタートし、その第一歩としてコーポレートフィロソフィーを刷新しました。その後、マテリアリティを策定し、現在もSXを通じた新たな事業創出のために、アイデアソンや事業拡大プロジェクトなど、さまざまな取り組みを進めています。
ピーダーセン:時流を的確に捉えた取り組みだと思います。私は以前から、20世紀型のビジネスの競争軸である「自己変革力」「マーケットシェア」「品質」「価格」に加えて、環境・サステナビリティ戦略こそが21世紀の企業経営における新たな競争軸になると主張してきました。けれど日本ではいまだに、サステナビリティの推進と企業利益を「トレード・オフ(二律背反)」の関係にあるとする見方が根強く残っていて、まずはその考え方から、変えなければならないと考えています。私は、その両者はむしろ相互に補完し合う「トレード・オン」の関係にあると提唱しています。
森田:日立グループでは、環境・幸福・経済成長が調和した「ハーモナイズドソサエティ」の実現をめざしています。トレード・オンの考え方は、まさにそれとも響き合うはずです。当社がSX推進を経営課題として掲げたのも、これまでのトレード・オフの発想を乗り越え、あらゆる事業活動を社会全体のSXに貢献するものとして位置づけ直そうと考えたからです。
ピーダーセン:素晴らしい決断だったと思います。それに、そもそも日立ソリューションズはSXとの親和性が極めて高いはずです。ビジネスモデル自体の環境負荷の低さはもちろん、社会課題を解決するためのさまざまなソリューションを有していらっしゃいますね。
森田:おっしゃる通りです。ソリューションをゼロから生み出す力は、私たちのコアバリューだと考えています。加えて、現場の若手従業員の意見を大切にするボトムアップの風土が根付いているので、社内の意志決定もスピーディーです。今後はこうした強みを活かしながら、サステナビリティ・コミッティの組織化を進めることで、2025年を「サステナビリティ実践元年」として、SXと経営の統合をさらに加速していきたいと考えています。
ピーダーセン:SXを推進する「しなやかで強い組織」をつくるためには、「アンカリング(Anchoring)」「自己変革力(Adaptiveness)」「社会性(Alignment)」という3つのAが重要です。この中で、アンカリングと自己変革力は陰と陽の関係にあると言えるでしょう。目まぐるしく変化する事業環境の中で、企業が生き残るためには、常に自己変革が求められます。一方で、それだけでは従業員が自分たちの使命を見失ってしまい、組織としての求心力が損なわれてしまう。だからこそ企業は、従業員の「心のアンカー(碇)」となる共通の目標を提示しなければなりません。
森田:当社が若手を中心に、従業員を巻き込んでMVV(Mission, Vision, Values)を刷新したことも、アンカリングにつながっていると言えそうですね。
ピーダーセン:まさにそうだと思います。その上で、これからの企業に求められるのが「社会性」です。つまり、社会の大きな潮流を深読みし、社外のステークホルダーとパートナーシップを築きながら、環境・サステナビリティ戦略を実行に移していかなければなりません。整理すると、こうした「3つのA」を揃えた企業こそが、社会全体のSXを実現できると考えています。
森田:お話を伺っていて改めて実感したのが、アンカリングの重要性です。かつては当社でも部門ごとに業績を争い、会社全体としての一体感が失われている時代がありました。それが日立ソリューションズグループとして「社会イノベーション」というコンセプトを掲げた頃から徐々に変わりはじめ、さらに「SX」という大きな共通目標を掲げたことで、組織として横串が通ったように感じています。
ピーダーセン:ちなみにSXプロジェクトを始めてから、社内にどのような変化があったと感じていますか?
森田:自己変革力にも通じる「挑戦する姿勢」は、着実に根付いてきたと思っています。MVVのひとつでもある「組織として挑戦を支える仕組みづくり」にも取り組んできました。たとえば、2023年からは「スタートアップ創出制度」というプログラムを実施しています。このプログラムは、SXの視点で社会課題解決に挑み、サービスを米国で立ち上げて事業化できるグローバルな人財の育成を目的としており、当社のシリコンバレーのオフィスを拠点に、ベンチャーキャピタルとも連携しながら、現地での起業をめざしていきます。
ピーダーセン:起業をめざすということは、最終的には会社を離れていくわけですよね。非常にユニークな取り組みだと思います。
森田:実際に、このプロジェクトを通じて、既に1社が当社からの独立を果たしています。起業に至らなければ、会社に戻ってくることもできる。骨太な人財を育てるための挑戦でもあります。
ピーダーセン:日本では起業に対する心理的なハードルが、まだまだ高いと感じています。だからこそ、私自身はここ数年、イントラプレナー(社内起業家)の重要性を説いてきたのですが、一度本気で起業をめざしてみるという経験は、そうした人財を育てる上でも、有効なアプローチになりそうですね。
森田:社内起業という意味では、各事業部からビジネスアイデアを募り、事業化までを伴走支援する「国内サービス事業創生施策」というプロジェクトも始まっています。単なるアイデアソンのように資金を提供するだけではなく、さまざまな分野の専門家とも連携しながら、組織として事業化をバックアップしていくことが大きな特徴です。
森田:また、マインドを変える上では、ビジュアルからのアプローチも重要です。当社は、日立グループとして初めてドレスコードフリーを導入しました。それだけでも社内の雰囲気が一気にフラットになりましたし、何よりも「少しでも働きやすい環境をつくりたい」という会社の姿勢を、明確に表現できたと感じています。ほかにも、EX※(従業員体験)向上のためにさまざまな取り組みを実施してきました。大きな反響を呼んでいるのが「仕事と介護の両立」をめざした社内プロジェクトです。介護に伴う生産性低下や望まない離職を防ぐことは、今や企業にとって欠かせない経営課題です。こうした取り組みが、経営層からではなく、従業員からボトムアップで生まれてきたことは、会社の財産だと考えています。
ピーダーセン:お話を伺っていると、ボトムアップとトップダウンが、バランス良く融合している印象ですね。
森田:その点については、私たちも常に意識しています。たとえば、従業員と経営層が直接対話する機会をつくるために、タウンホールミーティングを定期的に開催しています。ファシリテーターを務めるのは若手従業員なのですが、正直、私が若手だったら敬遠していた役回りです(笑)。けれど頼もしいことに、毎回抽選になるほど多くの人が立候補してくれています。最近は有志の従業員によるいくつかの社内コミュニティも自然に立ち上がっており、このような動きも、ボトムアップの文化が根付いているからこそだと思います。
ピーダーセン:ボトムアップで挑戦できる組織で働くことは、マズローの言う「自己実現の欲求」を満たすことにもつながるはずです。そしてマズローは、自己実現の先には「自己超越」、つまり社会貢献の欲求があると説いています。「働きやすさ」と「働きがい」を両立しながらSXを推進する日立ソリューションズは、従業員がそうした自己超越を志向できる組織になりつつあるのではないでしょうか。
※ EX:Employee Experience
ピーダーセン:21世紀後半に向けて人類は、食・水・資源生態系・エネルギーという4つの分野で、大きな課題に直面するはずです。だからこそ企業には、こうした分野でのイノベーションがこれまで以上に求められます。そこで重要になるのが、南半球の新興国・発展途上国、いわゆる「グローバル・サウス」の存在です。私の肌感覚では、グローバル・サウスの国々は日本に非常に好意的です。彼らと手を取り合い、いかにサステナブルな関係を築いていくのか。日本企業にとっては、可能性に満ちた挑戦だと思います。
森田:グローバルな協創が、ますます重要になっていくということですね。そのための土台づくりとして、私たちが取り組んでいるのが、さまざまなバックグラウンドを有した人財が、安心して働ける環境づくりです。当社では2009年から専任組織を設立し、ダイバーシティを推進してきました。今後もそれをさらに加速させることで、人種・年齢・性別・国籍・宗教を問わず、誰もが活躍できる職場を実現していきたいと考えています。
ピーダーセン:森田さん自身も、グローバルな環境で豊富なビジネスのご経験があると思うのですが、バックグラウンドの異なる人々と協創を進めるために、意識していたことはありますか?
森田:私はこれまで二度、米国に駐在しました。当時よく読み返していた本があり、そこから学んだのは、常にポジティブであれ、ということです。元気に挨拶をし、相手の目を見て話す。そしていつでも現地の人の立場でものごとを考えること。言葉にするとシンプルですが、これが世界共通の協創の土台だと思っています。
ピーダーセン:素敵なエピソードですね。森田さんのリーダーとしての姿勢が、とてもよく理解できました。協創という観点で言うと、私は現在、近江八幡で地域の拠点づくりに携わっているのですが、その中で痛感しているのが「場」の重要性です。魅力的な場をつくれば、人は必ず集まってきます。グローバルでもローカルでも、それは変わりません。だからこそ私はこれから全精力を傾けて、世界中からヒト・モノ・カネ・データが集まるイノベーションハブを、東京のど真ん中につくりたいと考えています。まだまだ構想段階ではありますが、日立ソリューションズとも、ぜひそこで何かご一緒できたら嬉しいですね。
森田:私たちのSXプロジェクトにおいても、協創は重要なテーマです。これまでも企業やNPOをはじめ、多様なステークホルダーと一緒になって価値創造に取り組んできました。ピーダーセンさんとも、今後さまざまなかたちで協創できれば幸いです。
ピーダーセン:AIをはじめとするテクノロジーが加速度的に進歩するいま、SXの推進にはDXの実現が不可欠です。日立ソリューションズは、その両輪をつなぐハブとして、これからますます重要な役割を果たしていく企業だと感じています。その上で、ぜひ取り入れていただきたいのが「リフレーミング」という手法です。
森田:リフレーミングとは、思考の前提となる枠組み(フレーム)そのものを見直す、ということですよね。
ピーダーセン:その通りです。たとえば、サステナビリティの話をすると、二言目には「コストが……」と言い出す人は、いまだに少なくありません。その発想を、いかにリフレーミングして、トレード・オンを実現するのか。それを考えることが、これからのリーダーの仕事です。私の好きな言葉に「リフレーミング・イズ・ソーシャルチェンジ」という一節があります。変化は、リフレーミングからしか生まれません。日立ソリューションズには、その変化をけん引する企業であってほしいと願っています。
森田:ありがとうございます。ピーダーセンさんと話せたことで、これまで頭の中だけで考えていたことが、すっきりと言語化されたように感じています。今日の対話で得た気づきをヒントに、これからも積極的にリフレーミングを実践していきたいと思います。

