5分でわかる
セキュリティコラム
複数の要素を用いた認証強化:
多要素認証徹底ガイド

昨今のビジネス環境において、サイバーセキュリティは単なる技術的な対策に留まらず、企業の存続と成長を左右する重要な経営課題へと進化しています。デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に伴い、企業の活動領域はオンラインへと拡大し、情報資産や顧客データといった機密性の高い情報が、常に外部の脅威に晒されるリスクも増大しています。このような状況下で、いかにしてこれらの重要な資産を守り抜き、顧客からの信頼を維持するかが、企業の競争力を高めるうえで不可欠な要素となっています。本記事では、最近ますます巧妙になっている脅威の具体例を紹介し、私たちのデジタルライフを守るために非常に重要な概念である多要素認証について、その種類や仕組みを含めてわかりやすく解説します。
企業の情報資産と信頼を守る「多要素認証」とは?
「多要素認証」の重要性は、特に金融業界において顕著に現れています。金融庁による証券会社の監督指針の改正案に多要素認証の導入義務化が盛り込まれたことや、日本証券業協会によるネット取引サービス提供各社への多要素認証義務化は、まさにその象徴と言えるでしょう。サイバー犯罪の手口が高度化・巧妙化する現代において、従来のID・パスワードのみによる認証がいかに脆弱であるかを物語っています。すでに79社(2025年7月7日時点)に及ぶ証券会社が多要素認証の設定必須化を決定*1しており、この動きは単に決められた指針に従うということではなく、顧客の資産を安全に守り、安心して取引できる環境を提供するための、金融機関としての責務を示すものです。同様に、金融業界に留まらずさまざまな企業において、自社が取り扱う情報や資産の重要性を鑑み、相応のセキュリティ対策を講じることが、社会的な責任と言えるでしょう。
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ダウンロード深刻化するサイバーリスク-巧妙な攻撃と単一認証の限界-
近年、インターネットバンキングに関連した不正送金被害が増加しています。こうした状況を受けて、警察庁と金融庁は共同で注意喚起を行っています。攻撃者は、金融機関を装った偽のメールからフィッシングサイトに誘導するなどさまざまな手法を利用して、企業の従業員や顧客の認証情報の窃取を試みています。 このような巧妙な攻撃に対抗するためには、単一の認証要素に依存する従来のセキュリティ対策では、もはや十分とは言えません。一旦認証情報が漏洩してしまえば、不正アクセスを完全に防ぐことは困難となり、企業は金銭的な損失だけでなく、信用失墜という大きな代償を払うことになる可能性があります。
複数の認証要素を組み合わせることで、不正アクセスのリスクを大幅に低減できることは間違いありません。しかし、サイバー犯罪者たちの手口もまた、驚くべきスピードで進化を続けており、残念ながら多要素認証を導入していたとしても、そのやり方によっては、現代の巧妙な脅威から完全に身を守ることは難しいのが現状です。
進化する脅威
前述の、インターネットバンキングにおける不正送金被害の急増は、決して看過できる状況ではありません。統計データを見ても、その被害額は年々増加傾向にあり、手口も巧妙化の一途を辿っています。これは、金融機関がセキュリティ対策を強化しているにも関わらず、それを上回るスピードで攻撃者の技術が進化していることを示唆しています。攻撃者は、システムの脆弱性を突くだけでなく、人間の心理的な弱点や不注意につけ込むソーシャルエンジニアリングの手法や生成AIも活用し、より確実に認証情報を詐取しようとしています。ここで、いくつか脅威の例を紹介します。
生成AIによるCAPTCHA突破
近年注目されている生成AIの進化は、セキュリティ分野にも影響を与えています。特に、人間と機械を区別するための認証システムであるCAPTCHAは、画像認識能力が向上したAIによって、以前よりも容易に突破される可能性が指摘されています。もしCAPTCHAが突破されてしまうと、不正なボットによるログイン試行、さらにはブルートフォース攻撃などがより容易になり、多要素認証の前に不正なアクセスを許してしまうリスクが高まります。
リアルタイムフィッシング
攻撃者は、偽のログイン画面を用意し、利用者にID・パスワードだけでなく、二要素目の認証情報(ワンタイムパスワードなど)を入力させ、その情報をリアルタイムに取得して不正ログインを試みます。多要素認証を導入していても、利用者が偽の画面であることに気づかずに入力してしまうと、防ぐことは困難です。
SIMスワップ詐欺
攻撃者が利用者の個人情報を不正に入手し、利用者を装って通信会社にSIMカードを紛失したことと、SIMカードで受信する情報を別のSIMカードに変更することを連絡します。これにより、利用者がSMS認証などの二要素認証を導入していたとしても、その通知先が攻撃者になるため認証を突破されてしまいます。
これらの手口に対しては、技術的な対策だけでなく、利用者が常に警戒心を持ち、個人情報を窃取されないよう、不審なメールやウェブサイトに注意することが不可欠です。
フィッシング攻撃
攻撃者は正規の金融機関やオンラインサービスを装った電子メールやSMS(ショートメッセージサービス)を送信し、受信者を偽のウェブサイトやアプリに誘導します。これらの偽サイトやアプリは、ロゴやデザインだけでなく、URLまでも酷似している場合があり、注意深く確認しなければ、本物と見分けることが非常に困難です。誘導された先で、ID、パスワード、さらには二段階認証で利用するワンタイムパスワードや生体認証情報などを入力してしまうと、それらの貴重な情報が攻撃者の手に渡ってしまいます。
「CoGUI」によるフィッシング攻撃事例
日本を標的としたフィッシング攻撃「CoGUI」 は、その巧妙さにおいて特筆すべき事例です。複数の金融機関やオンラインサービスを標的とし、正規のログイン画面を極めて忠実に再現した偽の画面を表示させました。利用者は、普段利用しているサービスとまったく同じように見える画面に何の疑いも抱かず、IDやパスワード、そして二段階認証に必要な情報を入力してしまいました。この攻撃の教訓は、いかに多要素認証を導入していても、利用者が攻撃者の用意した罠に自ら飛び込んでしまう可能性があるということです。
多要素認証とは?その種類と仕組み
これまで、前項では、巧妙化するネット犯罪の現状と、多要素認証だけでは防ぎきれないリスクについて解説しました。では、その「多要素認証」とは一体どのような仕組みで、どのような種類があるのでしょうか?ここでは、セキュリティの基本でありながら、私たちのデジタルライフを守るうえで非常に重要な概念である多要素認証について、初心者の方にもわかりやすく解説していきます。多要素認証(Multi-Factor Authentication, MFA)を一言で表すなら、「複数の異なる種類の認証要素を組み合わせ、本人確認を行う仕組み」です。これは、玄関の鍵を一つだけでなく、複数の異なる種類の鍵で開けることで、防犯性を高めるイメージに似ています。もし一つの鍵が盗まれてしまっても、ほかの鍵がなければ簡単には侵入できない、というわけです。従来のIDとパスワードによる認証は、「知識要素」と呼ばれる一つの種類の認証要素のみに依存していました。もしパスワードが漏洩してしまうと、第三者に簡単に不正ログインされてしまうリスクがありました。しかし、多要素認証では、複数の異なる種類の認証要素を要求することで、たとえ一つの要素が突破されたとしても、ほかの要素によって不正アクセスを防ぐことができるため、セキュリティが格段に向上します。
多要素認証の種類
多要素認証には、次のような要素を組み合わせたさまざまな方式があります。
知識要素(Something you know)
本人だけが知っている情報による認証です。
例:パスワード、PIN(暗証番号)、秘密の質問の答えなど
最も基本的な認証要素ですが、推測されやすい、忘れやすい、漏洩しやすいといった弱点があるものもあります。パスワードの場合、前述のフィッシング攻撃に対しては非常に脆弱で、偽サイトに誘導されると簡単に盗まれてしまいます。
所持要素(Something you have)
本人だけが持っている物による認証です。
例:SMS認証(SMS OTP)、認証アプリによるプッシュ通知、ハードウェアトークン(物理的な鍵のようなデバイス)、そして公開鍵暗号方式を利用してフィッシング耐性を高めたFIDO2対応の認証器など
パスワードが漏洩しても、物理的な所有物がなければ不正アクセスは困難になります。ただし、SMS認証のような従来の所持要素は、SIMスワップや中間者攻撃などのフィッシング手法によって突破される可能性があります。FIDO2は、公開鍵暗号技術を利用することで、正規のウェブサイトであることとユーザーを同時に認証するため、フィッシングに強い認証規格です。
生体要素(Something you are)
本人の身体的な特徴による認証です。
例:指紋認証、顔認証、虹彩認証、声紋認証など
生体情報は唯一無二であり、複製が難しいため、非常に強力な認証要素と言えます。
各認証要素のメリット・デメリットおよびコスト比較
このように、それぞれの認証要素にはメリットとデメリット、そして導入や運用にかかるコストが異なります。多要素認証を導入する際には、これらの要素を理解したうえで、利用シーンやセキュリティ要件に合わせて適切な組み合わせを選ぶことが重要になります。
| 認証要素 | メリット | デメリット | 導入・運用コスト |
|---|---|---|---|
| パスワード | 容易に実装可能、 低コスト |
・推測や漏洩のリスク、 管理が煩雑 ・忘れる心配 |
低 |
| 顔認証 | 個人特定が容易、 忘れる心配がない |
機器の故障や偽造リスク、 プライバシー懸念 |
PCやスマートフォンに 搭載の方式の場合:低 専用機器導入の場合:中〜高 |
| ハードウェアトークン | 持ち運び可能、 高いセキュリティ |
紛失・盗難時のリスク、 発行・管理が必要 |
中 |
| ワンタイム パスワード |
一度きりの利用で 安全性が高い |
利用時の手間、 送信経路の問題 |
中 |
用途に合わせて選ぶ多要素認証の選定ポイント
多要素認証にはさまざまな選択肢があるため、実際に導入を検討する際には、それぞれの特徴を理解し、自社の利用目的や環境に適切な方式を選ぶことが非常に重要になります。ここでは、多要素認証を選定する際の主要なポイントについて解説します。
セキュリティ強度と利便性のバランス
多要素認証を選ぶうえで最も重要な考慮事項の一つが、セキュリティ強度とユーザーの利便性のバランスです。一般的に、セキュリティ強度が高い認証方式ほど、ユーザーにとっては手間がかかる場合があります。例えば、生体認証やハードウェアトークンはセキュリティが高い一方で、環境によっては利用できなかったり、紛失のリスクがあったりします。
重要な情報や資産を扱うシステムでは、多少の利便性を犠牲にしても、セキュリティ強度を優先すべきでしょう。一方、頻繁にアクセスするような日常的なサービスでは、利便性を損なわない程度のセキュリティレベルを確保することが重要になります。具体的な利用シーンごとにセキュリティ強度を判断することで、適切な多要素認証方式が見えてきます。
社内システムへのアクセス
知的財産や営業秘密を扱う社内システム、またはVPN経由でのリモートアクセス環境などでは、高いレベルのセキュリティを保ちつつ、従業員にも使いやすい環境が求められます。
従業員が社内システムにアクセスする環境が統一されている場合、専用アプリケーションによる認証や、配布したハードウェアトークン(ワンタイムパスワード生成トークンなど)と、デジタル証明書認証(登録された端末以外からのアクセスを制限)を組み合わせ、多要素認証を実現することも有効です。これにより、アカウントの不正利用リスクを大幅に低減し、強固な認証を実現するだけでなく、高いセキュリティを保ちつつ、従業員にも使いやすい環境を提供します。また、従業員のITリテラシーや利用環境も考慮する必要があります。
一般向けサービス
オンラインショッピング、ソーシャルメディア(SNS)、一般的なクラウドサービスなど、不特定多数のユーザーが日常的に利用するサービスでは、ユーザーの環境が多岐に渡るため、できる限り多くの人が導入しやすい方法にする必要があります。また、不正ログインによるアカウント乗っ取りや個人情報の流出を防止する必要がある一方で、認証の手間が煩雑だとユーザーの利用離脱を招くリスクがあるため、セキュリティレベルを保ちつつ、ユーザーにストレスのないスムーズな体験を提供することが鍵となります。SNSと連携した認証やSMS認証、プッシュ通知認証と生体認証を組み合わせるなど、このユースケースでは、ユーザーの操作を直感的にし、かつセキュリティリスクの少ない認証方式が推奨されます。
オンラインバンキングや証券取引
オンラインバンキングや証券取引は、不正送金や個人情報の流出が直接的な金銭的被害につながるため、前述の社内システムへのアクセスと同様、高レベルのセキュリティが重要視されます 。一方で、ユーザーは日常的に利用するため、認証の手間が過剰になると利便性を損なうリスクがあります。金融機関は、この金銭的リスクとユーザーの利便性のバランスを高度なレベルで求められます。送金手続き時には追加認証を導入するなど、取引内容やリスクレベルに応じて、認証の強度やタイミングを動的に変更する仕組みが有効です。
フィッシング攻撃への耐性があるFIDO2に対応したセキュリティキーと取引認証(取引内容に問題がないかを専用アプリケーションで確認させる)、メール認証を組み合わせるなど、複数の強力な認証要素を組み合わせることが推奨されます。
導入・運用コスト
多要素認証の導入・運用には、当然ながらコストがかかります。特に、大規模なシステムや多くのユーザーを抱えるサービスでは、これらのコストが無視できない金額になる可能性があります。セキュリティ強度だけでなく、予算や運用体制も考慮して、持続可能な認証方式を選ぶことが重要です。
初期導入コスト
ソフトウェアのライセンス費用や、ICカードなどのハードウェアトークンを利用する場合はそれらの購入費用、システム連携の費用などが考えられます。
運用コスト
SMS認証の送信費用、ハードウェアトークンの管理費用、ヘルプデスクの対応コストなどが挙げられます。
上記以外にも、多要素認証を選ぶ際には以下のような点も考慮すると良いでしょう。
導入の容易さ
既存のシステムへの組み込みやすさ、導入にかかる時間や労力を評価します。認証基盤をクラウドで提供するIDaaSプラットフォームを利用することで、導入の複雑さを軽減できる場合があります。
ユーザー教育のしやすさ
新しい認証方式の利用方法をユーザーが容易に理解し、スムーズに利用開始できるかどうかも重要です。わかりやすいUI/UXや丁寧なマニュアルの提供が不可欠です。
復旧・サポート体制
スマートフォンの紛失や機種変更、ハードウェアトークンの故障・交換など、ユーザーが認証できなくなった場合の復旧プロセスやサポート体制が整っているかを確認します。
監査ログの取得と分析
セキュリティインシデント発生時に、誰がいつ、どのようにアクセスしたかの記録(監査ログ)が適切に取得・分析できる機能があるかを確認します。
将来の拡張性
今後のセキュリティ要件の変化や技術の進化に対応できるよう、柔軟に認証方式を追加・変更できるかどうかも考慮しておくと良いでしょう。
多要素認証はセキュリティを強化するうえで非常に有効な手段ですが、導入や運用にあたってはいくつかの注意点があります。
知っておきたい多要素認証導入・運用時の注意点
多要素認証では、管理者・利用者は複数の認証要素を管理する必要があります。そのため、多要素認証を適切に導入・運用するためには、いくつかの重要な注意点を理解しておくことが欠かせません。ここからは、導入・運用時に押さえておくべきポイントについて説明します。
認証要素の管理と復旧
スマートフォンの紛失・故障への備え
認証アプリを利用している場合、スマートフォンを紛失したり、故障したりすると、一時的にログインできなくなる可能性があります。事前に復旧用のコードの保管や、別の認証方法の設定などの対策が必要です。
ハードウェアトークンの紛失・故障への備え
ハードウェアトークンを利用している場合も同様に、紛失や故障に備えた復旧手段を用意しておく必要があります。
管理者側も、これらのトラブルに対応するためのサポート体制を整備しておくことが重要です。
適切な運用管理体制の構築
新しいユーザーが多要素認証を設定する際や、すでに多要素認証を利用中のユーザーからの問い合わせなどに対応するサポート体制の構築、スムーズな運用のためのシステム全体の運用管理体制を整備することも重要です。
多要素認証は、セキュリティを向上させるための強力なツールですが、万能ではありません。ほかのセキュリティ対策と組み合わせたうえで、その効果を最大限に引き出すために、以下の点に注意する必要があります。
最新の脅威動向の把握と対策の見直し
サイバー犯罪の手口は常に進化しているため、最新の情報を収集し、対策をアップデートしていく必要があります。認証方式を変更したり、追加したりする際には、慎重な計画と実行が求められます。
利用者へのセキュリティ教育
フィッシング詐欺などの人的な脆弱性を減らすために、利用者のセキュリティ意識を高めるための教育を継続的に行うことが重要です。
まとめ
多要素認証は、複数の異なる要素を組み合わせることで、不正アクセスのリスク低減につなげる有効な方法です。SMS認証や生体認証、ハードウェアトークンなど、さまざまな方式が提供されています。巧妙化する攻撃から個人や企業を守るためにも、利用シーンに応じた適切な認証方式の導入により、セキュリティを強化することが重要です。
また、サイバー攻撃の手口は常に進化しているため、多要素認証を「導入して終わり」にするのではなく、常に最新のセキュリティ情報を把握し、不審なメールやウェブサイトへの警戒を怠らないこと、そしてOSやソフトウェアを最新の状態に保つといった基本的な対策も疎かにしないようにしてください。
※本ページの一部は、生成AIにより生成されたコンテンツを使用しています。
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